あるべきオナ禁者の姿 ~他人との競争からの解放~

比較しない

オナ禁が続けられる人の中には、オナ禁していない人に対して優越感を感じることもあるだろう。

時には、性欲に溺れる者を見下すような感情が出ることもある。

オナ禁は努力を要することなので、その努力が続けられているという自負があるというのはわかる。

だがそういった他者への優越感を感じている時点では、まだまだ志半ばと言わざるを得ない。

(これはもちろん私も例外ではないので、記事の執筆において不必要な優越感を持たないよう、日々気を付けるようにしている)

 

他人は他人、自分は自分

「オレはオナ禁100日間継続できたことがあるから、10日で失敗したやつよりも偉い」ということにはならない。

オナ禁の継続期間と人間性の間に相関関係はない。

以前の記事で、「オナ禁日数のカウントに意味はない」と言った意味はここにある。

 

他者がオナ禁に失敗しようがオナニーにふけっていようが、自分自身の禁欲人生にはまったく関係のないはずである。

さらに付け加えると、たとえオナニーが趣味の人であっても、他の事で優れた才能や努力ができて周りから認められている人もいる。

(たとえば、NHK紅白歌合戦連続出場のゴールデンボンバーのボーカル鬼龍院翔さんは、AV好きオナニー好きを公言しており、AV博士の異名を持っている)

「オナニーしている人=劣っている人」とはならない。

 

オナ禁は自己改善の方法の一つ

オナ禁の継続期間だけをもって、自分が他者よりも優れていると考えることはナンセンスだ。

オナ禁はあくまで自己改善の方法の一つに過ぎず、オナ禁を続けられること自体が偉いというわけではない。

大事なことは、オナ禁すること自体にあるのではなく、「オナ禁によって何を達成するか」ということにある。

そして達成する何かとは、人それぞれ様々である。

真のオナ禁者なら、他人との意味のない比較や競争からは解放されて、自己実現を目指そう。

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