オナ禁の効果:日常生活で「ファスト・パス」を見つける力が付く その2

抜け道今回の記事は日記っぽくなるので、つまらないと思われた方は読み飛ばしてほしい。

私は、ブログの記事を書くとき、家で書くこともあれば、喫茶店などでノマドワーカーに交じって書くこともある。

そして、平日のお昼時や15時くらいのチェーン経営のカフェは人がいっぱいおり、隣の人との距離も近く不快指数が高い。

(隣に座る人がキレイな女性ならば歓迎するが、たいていは汗臭いオヤジさんだったりすることが多い。)

 

だが今は、空いている2階の店内の窓側の席で、通りを行く車や通行人を眺めながらこれを書いている。

今いる場所の道路の向かいにあるチェーン経営のカフェを見てみると、どうやらぎゅうぎゅうに人が入っているようだ。

私はまた一つ、「抜け道」を見つけた。

 

これは特権階級を持っていないと使えない席だとか、そういった類のものではない。

必要なことは、ただ一つ。

「周りの人が知らないことに気が付く」

ただこれだけである。

つまり、気が付きさえすれば、誰にでも実行することが可能である。

また、これにかかるコストも、喫茶店に行くのとまったく変わらない。

(言うまでもないが念のため、法律的にも道徳的にも問題とならない、極めてまっとうな方法である)

 

 

ある意味、オナ禁も知ってるか知らないかの違いと言える。

オナ禁を知っている人はオナ禁の劇的な効果を手に入れられる可能性がある一方、オナ禁を知らない人はその効果を手に入れることができない。

(もっとも、オナ禁の場合は、オナ禁を知っていたとしても実施するのは容易ではないが)

 

ほんの少しだけ発想を転換させただけで、快適な休憩時間が得られるようになった。

周りと同じような行動をとると、同じように考える人で溢れかえることになる。

私が以前に一緒に仕事をさせていただいたことのある富裕層(1億円以上のマンションを複数所有している)の方は、このように仰っていた。

「周りと同じようなことをしても、ビジネスがうまくいくことはない。周りと違うからこそ価値がある。」

 

 

周りの人と同じようなこととは、ここで言えば休憩時間にチェーン店のカフェに行くことだ。

周りの人は、休憩はカフェでするものという考えがある。

そのため、混んでいる時間に、混んでいるカフェに行く。

(もちろん、チェーン店のカフェ自体を否定するわけではない。私はスター〇ックスが大好きである。)

 

 

 

ここで、こういった”常識”を疑い、このように自分に問いかけてみる。

「休憩するのはカフェでなければいけないのだろうか?休憩はカフェである必要はあるのか?」

 

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、このように言っている。

「物事を額面通りに捉えず、あらゆることに対して疑問を投げかけよ」

このように考えるクセをつけると、周りの人が気が付かないような「抜け道」が見えることがある。

 

目の前のぎゅうぎゅうに人が入ってる喫茶店を眺めながら、あらためてそう思った。

オナ禁は、他の人が気が付かないようなファスト・パスを探す旅である。

 

 
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