~コラム~ 他人の粗探しは蜜の味

見下し禁止東京都の都知事選が終わり、元防衛相の小池百合子さんが当選した。

仕事で一緒になっている人で、選挙の前に、

「ゆりこちゃんじゃ当選できないだろうな~」

といった持論を述べている人がいた。

ちなみにその人は、頭の回転が速くて仕事ができると評価の高い人である。

 

 

当時、その発言を聞いた私は、返事をしなかった。

そして、知事に当選するしない以前の問題として、どんなに頭が良い人であっても気が付かないことがあると思った。

それは、

「他人の批難をするだけなら誰にでもできる」

「批難しかしない人は嫌われる」

という事実である。

 

世間における何かの批難や批評を簡単に口にする人は、これらの事実に気が付いていない。

さらに、「政治家を批判するオレは、政治をよくわかっていてカッコイイ」とすら思っている節がある。

政治家を経験したことがないにも関わらずである。

冷静になって考えてみよう。

本当に自分が、都道府県の知事選に出馬できるような人をどうこう批評できる立場にあるのかどうか。

自分が都道府県の知事選に出馬できるくらいの能力と経験があるのならば、このような大口をたたいて批評をすることは可能だ。

もしもそのような経験のある人の発言ならば、それはもはや批評とはいわないだろう。

(さらに小池百合子さんは都知事に当選したので、今頃その人は自分がした過去の発言で顔が真っ赤になっていることだろう)

 

ここでは、その人の人間性や発言を非難することが目的ではない。

言いたいことは、他人を批評することがもたらす”脳内の快楽物質”の力は強力だということだ。

上から目線で誰かの粗探しをするというのは、思いのほか気持ち良く感じるものである。

その粗探しの対象が目上の人や立場の高い人だったりすると、批判をすることでまるで自分が偉くなったかのような錯覚に陥る。

そして、人間は気持ちのいいことに弱い。

これが、他人の悪口が簡単には止められない理由である。

 

この記事でもあまり言い過ぎると、人の悪口になって快楽の脳内物質が出てくるので、ここらへんで止めておくことにする。

オナ禁者がオナニーする人を過去の自分を棚に上げて「オナ猿」と蔑む傾向があるのも、これとほとんど同じ原理である。

人は、誰もが他の人よりも上に立ちたがる。

その態度は、時として自分に害をもたらす結果となる。

つまり、「口だけ野郎」となるリスクである。

先日の記事でも述べた通り、どんなに長期のオナ禁者であっても、”オナ猿”に逆戻りするリスクは常にある。

このことを忘れてはいけない。
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