(日記)「限界効用逓減の法則」とオナ禁効果の関係

道のり自慰行為というものをしなくなってから、しばらくの時間が経った。

数年前はあれほど苦労していたオナ禁も、今は苦労を感じることはほとんどなくなった。

当ブログを書いている時はオナ禁していることを意識してしまうが、普段の生活においてオナ禁を意識することはない。

仕事に集中するときも、初対面の女性と話すときも同じ。

 
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私がオナ禁に苦労していた頃は、「オナ禁効果」というものをよく意識していた。

「オナ禁しているからできないはずはない。効果がないはずはない。」

だから注意力が散漫になったり、初対面の女性から冷たくされたりなど、「オナ禁効果」と呼べるものが出なかった時にはとても落ち込んだものだ。

(今思えば思い込みが激しかっただけなのかもしれないが、この気持ちがオナ禁継続のモチベーションにもなっていたから、一概には否定できない。)

 

今は、このような「効果」が出なくても落ち込むことはない。

おそらく、自分では気がつかないくらいに「オナ禁効果」が逓減してしまったのだと思う。

経済学の用語で「限界効用逓減の法則」という言葉がある。

このコトバ、一見すると小難しいように見えるが、簡単に言えば「最初は満足していたことも、時間が経てばだんだんと満足しなくなってくる」という意味である。

これは世の中のあらゆる出来事に当てはまる。

オナ禁を始めた当初のうちは、感動するくらいの効果を感じた。

頭がフル回転し、肌は見違えるように綺麗になり、目は輝き、女性からの視線が増えたように感じるようになった

だが、今となっては効果があった(気づいた)としても、当初の時ほどは感動しない。

 

別のわかりやすい例で言えば、中高生(DT:どーてー)の頃は、未だ見ぬ異性と”交わる”という行為に対しものすごく強い憧れがあり、”それ”を経験した同級生を”ヒーロー”だと崇めた。

そして自分がDTを卒業した日は、天にも昇るような気持ちになった(実際にも一瞬天に昇っている・・・)

だがDTを卒業し10数年経った今となっては、行為後に当初感じたほどの感動が得られることはない。

 

嫌味を言っているわけではないが、「テストステロンの強すぎる人」の記事で登場した人が、

「奥さん子どもがいない日に家で一人で3回やった」

と言っていた人がいたが、私は正直に羨ましかった。

もし今の私がそんなことをすれば、間違いなく罪悪感でいっぱいになって立ち直れなくなるだろう。

簡単に喜びが得られて、かつ、害を感じないということは、もしかしたら性に目覚めた時の少年の頃と同じで幸せなことなのかもしれない。

 

効果というものは、時間が経てばいずれ慣れていく。

だが慣れたからと言って、オナ禁が無駄というわけでは決してない。

効果を感じなくなったからといってリセットしてしまえば、また元の習慣に逆戻りしてしまう。

「時間が経つにつれて、どんどん楽しいと思えることがなくなっていく」

これが大人になるということなのかもしれない。

 




 

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