オナ禁の効果:常識を疑う力がつく

%e5%b8%b8%e8%ad%98世の中にはいろいろな”常識”とされているものがあるが、「常識=正しいこと」とは限らない。

ところが、日本の学校教育においては”一つの答え”を求めることを強制されるため、「常識=大多数が選ぶこと=正しい事」という意識が自然と植え付けられてしまう。

 




 

ここで日本の学校教育の是非を問うつもりはないが、一つの答えを求めることが大多数の意見に流されることの原因の一つとなっていることは否めないと考えている。

非常識になれというわけではないが、自然と発生する性欲に抗うことも、一種の”非常識”である。

私の知る(聞いた)限りだと、「男ならだれでもオナニーしている」というのが、世の女性の中での大多数の意見だと思う。

こういう意見が大多数となる理由は、世の中の性犯罪者のほとんどは男であるという事実や、レディースデイや出会い系サイト、女性専用車両など様々な場所で男よりも女のほうが優遇される(特に金銭的に)という状況から、

「男の性欲というものは女の性欲に比べてものすごく強く、もし暴走すれば犯罪を犯すこともものともしない。」

と思われているからだろう。

私も実際その通りだと思う。

 

男が自分の持つ莫大な性欲をどう処理しているのか?と聞かれれば、自慰行為などで発散していると思われても仕方のない事だろう。

(ちなみにこの言葉の裏を返せば、「男ならだれでもオナニーしている」とは、「女でもオナニーする人も中にもいる」ということになる。こう言う女性に「で、君はどうなの?オナニーするの?」とシモネタを続ける上で格好のターゲットとなる・・・)

 

オナ禁をするということは、「男なら誰でもオナニーしている」と思われている女の常識を覆すことになる。

そして、オナ禁という世間にとっては”非常識”を実施することで、世の中の”間違った常識”が見えてくる。

これは、「他人や大多数の意見に流されない力」であり、”確固たる信念”とでもいうべきだろうか。

 

こういった自分の信念をしっかりと持つことは、場合によっては「頑固だ」とか「わがままだ」とか言われることもある。

だが、そのような大多数の意見に惑わされてはならない。

「男なら誰でもやっている」という世間の”大多数”の意見(=雑音)に惑わされた結果、目の前にぶら下げれた快楽にすぐ負けてしまうような意思力の弱い人間になってしまったのだ。

世間の常識を疑い、「こんなものはやっても無駄だ」と自然に思えるようになれば、その呪縛から解放される日は近いだろう。

 




 

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