他人に勝たなきゃ幸せになれない?

有名なとある心理学において、次のように言われている。

「他人と競争をしても決して幸せにはなれない。」

たしかに、他人と争っても意味はない。

だがここでは、敢えて、このことに疑問を呈することにする。




他人と競争しても幸せになれない?

誰かの上に立ちたいと考えても、それは結果として幸せになれないのは明らかだろう。

他人に勝つことで幸せな気持ちになるとすれば、幸せを感じたいがために誰かに勝ち続けなければならない。

”常に競争に晒されている”というこの精神状態が幸せだとは到底思えない。

「誰かに勝てば幸せ、誰かから負ければ不幸」というのは、あまりに虚しい考え方だと思う。

 

だが、、

この世のありとあらゆるところでは”他者との競争”に晒されている。

通常の人生コースであれば、

  • 受験戦争
  • 有名企業の内定争い
  • 社内での出世争い
  • 周りとの収入比較、、

これらはすべて、オブラートに包まれてはいるが、紛れもなく「他者との競争」である。

これらの競争に一度も勝たずして、

「他人と競争しても幸せになんてなれない」と言えるだろうか?

 

誰かと戦うからには、勝たなきゃ意味がない。

他人に勝たなければ、なりたい職業にはなれない。

他人に勝たなければ、夢は叶わない。

(出典:賭博黙示録カイジ)

 

「他人と競争しても意味はない」

こういうセリフに説得力が出てくる人というのは、実際に他人との勝負で勝ったことのある、勝者の立場を味わったことのある人だけである。

 

戦うことから逃げると貧乏になる

そもそも、他の誰かとはおろか、自分自身とも戦うことから逃げ、学歴や資格もなく、良い職にもつけず、借金や貧困にあえいでいる人が、

「誰かと争っても幸せにはなれない。」

といった正論を掲げたところで、それは単なる負け犬の遠吠えにしかならない。

 

貧困にあえぐ人は、よくこういったセリフを言う。

  • 「お金持ちは気持ちが卑しい。」
  • 「お金があっても不幸になるだけ。」
  • 「お金持ちはどうせ悪いことをして稼いでいるんだろう。」
  • 「お金持ちが憎い。」
  • 「お金のない私たちはお金持ちが持っていないような清い心を持っている、そんな私たちは幸せだ。」
  • 「貧乏生活は楽しい。」

 

お金を持たない人というのは、他の誰よりもお金に執着しているというのは明らかだ。

たしかに、お金があっても幸せになるとは限らない。

だが、お金を持たない夫婦の子供が貧困で苦しむことが幸せな家庭だとは考えられない。

お金持ちを否定し貧乏を肯定するということは、他人や自分と戦うことから逃げているということになる。

 

本当の敵は自分自身

戦いから逃げ続けると、負け組になって貧乏になる。

貧乏にならないためには、人生のどこかのタイミングで、必ず他人と戦わなくてはならない。

 

他人と戦うと言っても、他人を蹴落とすというのではなく、敵は自分自身と見て自己研鑽に励み、あくまでその結果として他人に勝つというだけ。

たとえば、必死に受験勉強をして大学に合格するということは、言い換えれば他の誰かを不合格にする(=他人に勝つ)ということである。

繰り返しになるが、

他人に勝たずして、夢は叶わない。

夢を叶えるためには、必ず他人に勝つ必要がある。

 

大学合格後もさらに勉学に励み、理想とする仕事をしてお金に苦労しないような何不自由のない裕福な家庭を手に入れたとする。

そして、涼しい顔をしながら、このように言う。

「幸せになるコツ?それは自分と他人とを比較しないことかな。他人と比べたって意味ないし、敵は常に自分自身の中にいるもんだよ。」