「短気は損気」~キレると大切なものを失う~

最近、内閣のお偉い方が記者会見の場で暴言を吐いたというニュースを見た。

たとえ記者があからさまに失礼なことをしたとしても、キレて暴言を吐いた時点で、負けが確定する。

それこそ記者に格好のネタを提供することになり、マスコミの思うつぼというもの。。

 

話は変わり、私はこの間、本屋の中をブラブラとしていたら、とある面白そうな数学者の本を見つけた。





「短気は損気」を実感した出来事

その数学の本を立ち読みをしていたら、とても面白そうな内容だった。

読みだしたら止まらない。。

 

すぐにこの本を買おうかどうか迷ったが、まずはネットで著者の評判や口コミを確認しようと思い、買わずに本屋を出た。

その著者はどうやらツイッターアカウントを持っていたようなので、何をつぶやいているのか、つぶやきを見てみた。

すると・・・

その著者は、何かの社会問題に対してやたらとキレた汚い言葉の発言をしていた。

その内容は私の感知するところではないが、そのキレた発言を見て、私はその著者の本を買う気がなくなってしまった。

(本の内容はとても面白そうだと思ったが・・・)

 

このように、その著者は自分の気に入らない事に対してネットでキレたというだけで、本の印税という貴重な収入を失っている。

キレて不満をぶちまけることで自分はスッキリしたのかもしれないが、キレて良い事は何もない。

もしもその人のツイッターアカウントで何もキレていなく、「どこどこでランチなう♪」といった普通のつぶやきばかりだったら、私はその著者の数学の本を確実に買っていただろう。

短期になってネットに不満を当たり散らしたことで、文字通り、本当に損をしている。

何とももったいない話だと思った。

 

自慰は怒りの沸点を下げる

思い出せば、私もオナ猿時代、

あの人は沸点が低くて怖い

と周りから言われていた。

 

当時の私は曲がったことが嫌いだったので(もちろん今も嫌いだが)、仕事をあまりしない人に対しては、上司や部下を問わず、反発してた。

今思い返すと、これは実は仕事のための反発ではなかった。

単なる自分の”感情”だった。

 

「その人が気にくわない。」

→「仕事しないことを理由にして怒ろう」

 

先に「自分の尺度(=ものさし)で見ると、その人が気にくわない」という”感情”がある。

その感情に基づいて、その人を怒っているだけ。

仕事をしないというのは、その人を怒るための単なる後付けの理由だ。

その人がたとえ仕事しなかったとしても、私がその責任をとって腹を切られるわけではない。

言ってみれば、私はその人の仕事に関しての最終的な責任を取る立場にはない。

 

もし誰かを感情に任せて怒ったところで、怒られた当事者に加え、その周りの人から恐れられ嫌われ避けられるだけ

短気は損気だ。

オナ禁に加えて、心理学や自己啓発に関する本を読み、このことを理解できた。

人の好き嫌いという感情で物事を決めても、良い事はない。

 

大切なことは、問題が起きた時、その問題を起こした誰かを責めることではない。

  • 「問題の原因はどこにあるか」
  • 「問題が今後起きないようにするためにはどうすれば良いか」

これらのことのほうが遥かに重要である。

 

経営の神様と呼ばれた、故・松下幸之助氏はこう言う。

「どんな人からでも学ぶべき点はある。大切なことは、自分のしていることがお客様の役に立つことをしているかどうかだ。」




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