すべては主役になりスポットライトを浴びるためである

このタイトルは、書籍「すべてはモテるためである」(二村ヒトシ氏著)のタイトルから借用した。

何のために禁欲的な生活をするのか?

それは、主役になってスポットライトを浴びるためである。




主役(Main cast)とは?

主役とは、スポットライトを浴びる役である。

ただし、主役とは、舞台俳優やアイドル・ロックスター等のように、華やかなステージの上で物理的にスポットライトを浴びる役だけを指すわけではない。

 

主役と呼べるもの、それはたとえば、

  • グループのリーダーに任命される
  • 会議でのファシリテーター(司会進行役)になる
  • 発表会での発表者になる
  • スポーツのインストラクターになる
  • 教壇に立つ教員や、研修の講師になる
  • 野球の打席に立つ(バッターになる) など

このように、主役と呼べるものは生活においていくらでもある。

主役とは、「参加者から最も注目を浴びる役割(存在)」と言って良いだろう。

 

主役になるための方法

特別なことは何も必要ない。

主役となる機会(チャンス)が巡ってきたら、手を上げるだけ。

 

だけどここで肝心なことは、主役になれるチャンスが来た時、手を上げる勇気があるかどうかということと、主役を演じる時に向けてきちんと準備をすることができるかどうかである。

もし自分に自信がなければ、いくら主役になれるチャンスが巡ってきても、尻込みをするだけ。

 

野球で言うなら、いくら打席に立てたとしても、普段から練習をしていなければ、三振かゴロで終わる。

日々の練習の甲斐あってホームランを打てば、その瞬間に一躍ヒーロー。主役になれる。

野球でいう準備とは、日々の練習ということになる。

そして野球に限らず、日々の練習というものは平凡で退屈であり、そのうえ過酷だ。

 

主役を演じた体験談

私は仕事で海外出張の機会に手を挙げた。

海外に行くのは私以外に誰もいない、たった一人の海外。

まるでお母さんから初めてお使いを頼まれた時の子供のように、不安だった。

自分を逃げられないように追い込み、来るべく海外出張に向けてただひたすらに準備をした。

 

そして、ついに海外出張に行き、生まれて初めて、外人が10人以上いる前で慣れない英語でのプレゼンテーションをした。

震える声でプレゼンをしている時、自分が自分でないような感覚に襲われた。

それはまるで、自分の精神が体から離れて、客観的にプレゼンをしている自分を眺めているかのような。

話しながら、「これは夢を見ているのではないか?」とすら感じていた。

 

そして無事にプレゼンが終わって参加者一人一人と握手をした時、言葉には言い表せないほどの達成感を感じた。

この時、たしかに、私は主役だった。

この機会は、おそらく私の人生で最大の禁欲効果だったと思う。

 

すべては主役になるためである

もし日々を怠惰に過ごしていたとしたら、舞台では主役を引き立てるだけの脇役、いや、その脇役はおろか、エキストラにすらキャスティングされないだろう。

そうなれば主役になれる時は永久にやってこないし、主役になろうとする勇気すらもない。

もし私が禁欲していなかったら、他の誰かが海外出張に手を上げるのをじっと待っているだけだったに違いない。

そんな日陰のような人生は絶対に嫌だ。

 

繰り返しになるが、一体、何のために禁欲的な生活をするのか?

それは、主役になってスポットライトを浴びるためである。




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