なぜこんなに継続できるのか?モチベーションが続く秘訣の一つ

思えば昔から私は、物事が続かなかった。

高校の時は部活も途中でやめたし、いろいろやろうと思って始めた趣味もほとんどが続かず。

だが、英語・禁欲・ブログの更新・ランニング・・・

ふと気がつけば、私はこれらの事柄について、それなりの期間、ずっと継続している。

なんでこんなに継続ができているのか、その理由について改めて考えてみた。




モチベーションが継続する秘訣の一つ:危機感

飽き症な私でも、英語・禁欲・ブログ・それとランニングが続いている理由。

その理由はいろいろとあると思うが、その中でも最も大きな理由、それは危機感だ。

危機感とは、「これをやらなければ大変なことになる」という気持ちのこと。

 

”危機感”という言葉を見ると、いつも、私のとある後輩を思い出す。

その後輩をここでは”彼”と呼ぼう。

 

彼の実家はお金持ちで、それでいて穏やかな性格でとても人当たりが良かった。

私は、お金持ちなのにまったく威張らない彼の性格がとても好きだった。

彼は、親元を離れ、自分の夢に向かって勉強をしていた。

だから、彼は大学を卒業しても就職せずバイトもしなかった。

親元を離れて働かないのに、なぜ彼は生きていけるのか?

それは、彼は親からマンションを買ってもらい、毎月の仕送りももらっていたからである。

彼は親の好意に甘えていた。

「仕事しなかったらホームレス」・・彼にとってこういう考えとは無縁だった。

 

・・・結局、彼は30歳間近になっても自分の夢を叶えることはできなかった。

彼は親から実家に戻ってくるように言われ、実家に帰っていった。

私はそれ以来、彼とは連絡を取っていない。

 

私が思う、彼にとって夢の実現に足りなかったもの、それは”危機感”だ。

人間は、危機感がないと本気で行動をしない。

「親が援助してくれているから、とりあえずはしばらく生きていける。」

こう思っている間は、いくら形だけ頑張ろうと頭で思っても、気持ちとして心の底か必死になることができない。

 

逆に、危機感があって絶対に失敗できないという気持ちがあると、必死に行動を起こすしかなくなる。

後輩の彼の例で言うならば、もし彼の親から、

「来年の春まで仕事に就かなかったら仕送りを止める。マンションも売る。」

こう宣告された場合だ。

こうなれば、彼は危機感を持ち、必死になってやるしかなくなっていたことだろう。

もし必死になってその結果がダメだったとしても、諦めもつく。

「あれだけ全力でやってダメだったのなら仕方がない、”違う人生を歩め”と神様が言っているのだろう」と。

 

危機感が人を突き動かす

ブログの記事で何度か述べているが、私は英語の学習が日課となっている。

聞く・書く・読む・話す・・・毎日必ず英語を何かしらで勉強している。

英語の学習期間は、すでに6年近い。

なぜ、これほどまでに英語をやり続けるのか?

日本語だけじゃダメなのか?

ダメだ。

私にとって、もはや英語はなくてはならないものになっている。

私にとって、英語をやらないと将来の自分が大変なことになるということがわかっている。

そういう危機感がある。

だからこそ、英語を毎日やる。

必死になって。

これが私が英語をやる明確な目的である。

(ちなみに、日本人全員が英語をやらないと大変になるという意味ではない。

あくまで、「わたしにとって」である。)

 

(余談:もし将来、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」のような完全自動翻訳機が出て、自分の口から日本語をしゃべったとたん、その言葉が自動的に相手の言語に翻訳されるような機械が発表されたとしよう。

もしそれが近い将来、たとえば3~5年後に出ることが確約されていたとしても、私は英語の学習をやめないだろう。

いくらスマホが普及しても、紙の地図がなくならないのと同じように。)