「ブログ止めます」 ”オナ禁効果”の限界?

  • 「もうネタがないのでブログやめます」
  • 「毎日書き続けることに縛られるのはオナ禁に逆効果だと思いました」
  • 「オナ禁効果だけでブログを続けることは不可能」

私がたまたま覗いたオナ禁ブログで、このような記事があるブログを連続で見た。

それぞれ別のブログである。

ブログをやめる理由は、人それぞれ。

どんな理由にせよ、やめたければやめれば良いし、また書きたくなったら始めればいい。




「オナ禁効果」とオナ禁ブログネタの関係

オナ禁することによって得られる効果とは、一般的に言って次のようなものを指す。

  1. 肌の質が良くなる
  2. 目力が増す
  3. 集中力が増す
  4. 顔つきが変わる
  5. 体力がつく
  6. 女に惑わされなくなる(エロ目線で見なくなる)
  7. その結果、女にモテる

 

他にもあると思うが、主なものを集約すれば、たったこれだけになる。

この項目それぞれについて1日に1記事を書くとすれば、たった1週間(7日間)でネタ切れだ。

書き切れなかったことを独立した記事にしたとしても、1ヶ月がせいぜいだろう。

冒頭にあったブログのように、たしかに完全に「オナ禁効果」だけに記事を絞っていれば、いずれはネタがなくなってくる。

 

一方、このBLOG NOPMOの開設は、2015年11月下旬。

執筆当時現在、ブログの開設から約1年半が経過している。

その間の記事数は、500記事ほど。

オナ禁を記事ネタにしているが、今のところ、ネタ切れにはなっていない。

なぜ、冒頭のオナ禁ブログたちは続けることができないのに、このブログは続けられているのか?

 

オナ禁をする意義をよく考える

オナ禁をする意義は、上に挙げたような「オナ禁効果」を得ることだけがすべてではない。

それは物事を部分的で一面的にしか見ていない。

「オナ禁=オナ禁効果を得るため」

こういった短絡的な考えがあるからこそ、カンタンにネタ切れを起こしてしてしまう。

 

オナニー欲というものは、元をたどれば人間の欲の根源とも言うべき「性欲」から来ており、オナ禁はその抑制をするというものだ。

そして、性欲も含む欲望というものは、人間として生きていく上で、完全に消えてなくなることはない。

もし欲望が完全になくなったとすれば、もはや人間として生きていく意味はなく、ただ寝たきりの人生となんら変わらない。

 

欲望とは、もっと奥深いもの。たとえば、

  • 良い大学に行きたい
  • 誰もが羨むような職に就きたい
  • もっとお金を稼いで良い暮らしがしたい
  • 女から「すごい」「カッコイイ」と言われて男として認められたい(あわよくば女に困らないような存在になりたい)

 

なんともゲスな話だが、これが人間のオスの欲望というもの。

そして、心の奥底にこの欲望があるからこそ、どんなに辛い物事であっても耐えてがんばることができる。

オナ禁することによって得られる”総合的な意思力”と呼ぶべき力は、とても神秘的である。

この力があると、他の物事をする時にも必ず役に立つ。

 

私がここで言いたいことは、

「オナ禁を本当に突き詰めれば、他の様々な事が見えてくる」

ということだ。

オナ禁ブログで簡単にネタ切れしてしまうというのは、言い換えると、「オナ禁」ということについて深く考えていないということになる。

 

当ブログで記事にしているのは、人間の原動力の根源ともいえる「欲望」そのものである。

欲望は毒にもなり、薬にもなる。

そして、永久的に湧き上がってくる毒とも薬ともわからないこの欲望という存在に、どうやって向き合っていくか。

ネタは尽きない。

 




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