退屈な努力を続けるための精神 ~マイナスの感情~

理想:

  • 「夢に向かって突き進め!」
  • 「死ぬ気でやれば何でもできる!」
  • 「未来は自分の手で掴め!」

現実:

  • 「夢なんて叶わない・・・」
  • 「簡単に死ぬ気にはなれない・・・」
  • 「未来なんてあるかないかわからない・・・」




努力は地味で退屈なもの

夢や目標を決めた瞬間だけは、気持ちが高揚する。

だが、その高揚感は刹那で一時的なもの。

その後は、ただひたすらに地道で退屈な練習が続く。

華麗にゴールを決めるサッカー選手も、打席に立てば高い確率でヒットを放つ野球選手も、毎日の練習においてはただひたすらにボールのドリブルをしたり、バットの素振りをしたりする。

 

私が普段している英語の学習も、会話で出てきた知らない英単語やフレーズをただひたすらに暗記することの繰り返し。

ブログの執筆も、ネタを考え、記事を起こして、体裁を整えて、アップロードすることの繰り返し。

一見すると華やかそうに見える裏側には、地味で退屈なことの繰り返しが存在する。

 

努力とは、本来、こういった地味で退屈なものの連続。

こういった努力をしている時というのは、ただ単純に遊んでいる時に得られるような「楽しい!」と言った感情はない。

「楽しい!」といった感情が生まれるのは、努力が報われる瞬間だけ。

 

そしてこういった努力を続けられる人は、いずれ他人から尊敬される。

なぜ他人から尊敬されるかというと、その「努力を継続する力」というべきものは他人には持っていないものだからだ。

「つまらないと思える単純なことをただひたすらに続けることができる」

これがわかるからこそ、観衆はスター選手を尊敬し、そのプレーに熱狂する。

 

もし誰もがみんな、つまらないと感じる努力を続けられるとすれば、みんながスーパースターになれる。

だが、大多数の人間はそうはならない。

続けられないからだ。

 

スーパースターという存在は、言うならば、

  • 肉を絶ち、
  • 酒を断ち、
  • 煙草を断ち、
  • 娯楽を絶ち、
  • 自慰を絶ち、
  • 女を絶ち、
  • 煩悩を断つ。。

これができる人だけ。

そして自分の信じる「絶対に報われる努力」というものをただひたすらに繰り返し続ける。

これらがいつまでも続けられるからこそ、普通の人とは違った存在になることができる。

 

退屈なことを続けるための精神 ~マイナスの感情~

ごく一握りの人(=天才)を除いて、こういった努力はずっと続けられない。

だが天才以外であっても、天才に少しでも近づくことはできる。

 

たとえば、「もし夢を叶えたら、どういう未来が待っているだろうか?」と考えてみる。

華やかな生活や収入・・・こういったものは当たり前。

ここでフォーカスを当てたいのは、”負(マイナス)の感情”だ

 

マイナスの感情とは、周りの人からの羨望のまなざしや優越感を得るため、もしくは自分を馬鹿にした人への復讐(見返し)の感情のことだ。

一般的に言うと、羨望や優越感、復讐(見返し)といったものは、汚い・くだらない・卑しい・醜いとされているものばかり。

 

だが、これらの負の感情も、上手く利用すれば、物事を継続させるための原動力となる。

  • 「あいつは何をやってもダメ」
  • 「あいつにできるわけがない」

もし周りからこう言われているとすれば、悔しい腹立たしい気持ちもあると思うが、それは逆にチャンスだ。

「俺を馬鹿にしている奴らを将来見返してやる。絶対に。」

この負のパワーがあれば、退屈な物事であっても確実に続けられる。

誰かをこき下ろしたり非難するのは簡単で、口さえあれば誰でもできる。

だからいじめはなくならない。

そういった非難する奴らを結果を出すことで見返してやるというのは、この上ない快楽だ。

そのためには、ただひたすらに努力を続けなくてはならない。

負の感情は、「夢や希望を叶える~」といった正の感情よりもパワーがある。

 

未来の自分が結果を出したら、周りから一目置かれる存在になる。

自分を馬鹿にしてたやつらも、もはや馬鹿にしなくなる。

だが、そうなるための道のりは険しい。

ひたすらに努力を続ける力を得るためには、負のパワーを利用するしかない。