「なぜ行動をしなければいけないのか?」を掘り下げて考える

30代半ば、彼女なし、素人童貞、平日は家と会社の往復のみ、休日の予定はなし、収入も多いとは言えない・・

周りの同世代のリア充たちはみな、結婚していて、子供がいる奴もいる。

彼女もいなく売れ残っているのは、自分と似たような境遇のような奴らばかり。

そういった奴らは、いかにもモテそうにない冴えない顔したやつばかりに見える(自分の事は棚に上げといてよく言う)

「このままだとマズい。確実にマズい。何とかしなければ・・」

そんなことを考えていたある時、スマホをいじっていたらふと見つけた、”オナ禁”という名の奇跡。

「これだ!もうこれしなかい!」




何が(what)マズくて、それがなぜ(why)マズいのか?

冒頭の話は、過去の私にも経験のあったことだ。

20代半ばの頃だった。

その時の話は、冒頭の話に出てくる人ほどウェットな心境ではなかったが、漠然とした将来への不安があった。

そんなモヤモヤしていた時に出会った、”何でも願いを叶えてくれるアラジンの魔法のランプ”のようなオナ禁。

私は飛びついた。

これで女にモテモテになれると。

これを信じてオナ禁をやり続けた結果、私はあまり変わらなかった。

ただ分かったことは、「オナ禁はアラジンの魔法のランプではない」という事実だった。

 

過去の私に欠けていた考え方は、次のようなものだ。

現状だと何がマズくて(what)、なぜその状態が続くとマズいのか(why)

 

冒頭の例に戻ろう。

ひとことで言えば、冒頭に当てはまる人は、何がマズいのか?

→非リア充でスペックが低い。

非リア充でスペックが低いと、なぜマズいのか?

→彼女ができない

彼女ができないと、なぜマズいのか?

→一生結婚できない

一生結婚できないと、なぜマズいのか?

→将来に孤独死するのがイヤ

 

「ずっと非リア充でスペックが低いままだと、将来に孤独死する。」

 

このことは”風が吹けば桶屋が儲かる”的な論理の飛躍に見えるが、あながち間違いではないようにも見える。

女は男よりもずっと現実的なので、女から見て男の外見はともかくとして、30歳を過ぎて収入が極端に少ないと、その男を伴侶として選ぶ可能性は限りなく低い。

「男女間に金は全てではない、愛も大切だ!」

こう声高々に叫ぶのは、常にお金に困っている低スペックな貧乏人だけという事実。。

そんな彼らにとって、将来に子供が生まれてその子供が病気になっても、病院に連れていけるだけの十分なお金がないという状態が、本当に幸せなのだろうか。

繰り返しになるが、女は現実的。

付き合うだけならともかく、将来の伴侶としては、顔よりもお金のあるほうを選ぶ。

自分の子供を危険に晒すことはできないからだ。

 

こうやって掘り下げてみていくと、オナ禁だけをしたところで、この問題はあまり解決しないことがわかる。

オナ禁だけやっていれば、「非リア充でスペックが低い」という”病”は治るのか?

私の場合は治らなかった。

 

オナ禁だけに依存しない思考回路

このように突き放してしまうと、辛いオナ禁を続けるモチベーションも上がらないし、夢も希望もないし、身もフタもないので、具体的な改善策を述べようと思う。

 

オナ禁はアラジンの魔法のランプのようなものではないにしても、何をするにしても、自分の全体的な底上げになる。

継続力」という武器は、あらゆることに応用が利くからだ。

 

大切なことは、オナ禁で得られたこの力で何をするかだ。

彼女がいないのがイヤならば、出会いを増やす努力をしたり、さらには自分の外見や内面を上げる努力をするしかない。

収入が少なければ、今よりも収入を増やせるように難関な国家資格の取得を目指すなどの努力をするしかない。

平日夜も休日もやることがないのならば、将来の自分のためになるような有意義なことでスケジュールを埋めるしかない。

 

要するに、「待ってばかりいないで行動せよ」ということになる。

オナ禁を続けることだけに依存しても、過去の私のように、何も変わらない。

いくら待っていても、出会いや収入などは空から降ってこない。

こちらから獲りに行かない限りは。

 




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