オナ禁の効果:リア充になれる?

久々に「オナ禁の効果」というタイトルをつけた記事を書いた気がする。

”リア充”とは、「人生が楽しいと感じる人」とも言い換えられる。

「オナ禁すると、人生が楽しくなってリア充になれる」

本当にこの効果はあるか?



「リア充」とは?

将来においてこの言葉が死語になったときのために、解説を残しておこう。

リア充の正確な定義は、「リアルが充実している人」の略だ。

この言葉が出始めてから、まだそれほど時間が経っていないような気がする。

私の大学時代には、リア充なんて言葉はなかった。

すぐに廃れるかと思ったが、なかなかしぶとく生き残っている。

リア充とは、リアルが充実している、つまり、毎日の人生が楽しいと感じる人ということになる。

 

オナ禁すると人生が楽しくなるか?

私は自慰行為の呪縛から解放されて久しいが、実は、私にはまだ自分の人生が楽しいかどうかはわからない。

楽しいと思うときもあれば、楽しくないと感じるときもある。

 

だが、一つ確実に言えることはある。それは、

「楽しいか楽しくないかを意識している時は、たいてい楽しくない」

ということだ。

 

逆に、何かに夢中になって”楽しい”と思う時は、”楽しい”といった感情をわざわざ意識したりはしない。

何も考えずに、文字通り、そのこと無我夢中だ。

いわば、”無の境地”だ。

 

言っていることがちょっと難しいかもしれないので、他の例に喩えよう。

これは、子供が公園で夢中になってボールを追いかけているのを想像すればわかりやすいと思う。

子供たちは、何も考えていない。

楽しいとか楽しくないとか、いちいち考えてはいない。

ただ、ボールを追いかけることがしたくてしたくてたまらない。

だからボールを追いかける。

ボールを追いかけるのを本能的にやっているともいえる。

そんな子供たちを端から見ていれば、「なんて楽しそうなんだ」と思う。

 

私の場合も、ボールを追いかける子供の心境と似たようなものだと思う。

ブログを書いたり英語を勉強したり仕事をしたりしている時というのは、楽しいという感情はない。

これらをしている時の私は、”無の境地”であり、完全に没頭している。

 

そんな何も考えていない無の境地でも、「やってて本当によかった」と思う瞬間がある。

  • ブログでいうならば、読者の方から好意的な反応があった瞬間
  • 英語でいうならば、自分の言いたいことが相手に伝わった瞬間
  • 仕事でいうならば、仕事の成果が社内や取引先に認められた瞬間

こんな時だけは、自分の中に「楽しい」という感情を感じ取ることができる。

 

まとめ:オナ禁して「リア充」になれるか?

この答えは、たぶん、

オナ禁ではリア充にはなれない。

 

オナ禁しなくても人生が楽しい人はいくらでもいるし、

オナ禁してもたいして効果が出なくて絶望している人もいる。

 

希望のある言い方をすれば、「オナ禁して時間を作って自分が楽しいと感じることを見つけよう」ということになる。

別の言い方をすれば、「楽しいかどうかなんていちいち意識しないほうがいい」ということだ。

これを意識すると言うことは、「あんまり楽しくないな・・」と感じ、考え込んでしまっているだけ。

 

もし心の底から楽しいと感じることがあるとすれば、きっと公園で遊ぶ子供たちのように、何も考えずに無の境地でやっている。

こうやって考えると、私は無我夢中でやっていることがあるから、きっとリア充なのだと思う。




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