いくら努力をしても成功するとは限らない(成功者と努力者の関係)

このタイトルは、ある意味で真実。

いくら努力をしても、成功せずに失敗することもある。

だが・・・

「成功者はみな、努力をしている」



努力をしないで成功者にはなれない~必要条件と十分条件~

冒頭のことを必要条件と十分条件でいうならば、次のようになる。

 

成功者をP、努力者をQとすれば、

 

命題「成功者(P)はみな、努力をしている(Q)」

 

これはあくまで私の主観だが、このP⇒Qという命題は、紛れもなく真だ。

つまり、下記の図のように、P⊂Qという式が成り立つ。(汚い字だ)

私の周りを見てみても、うまくいっている人(成功者)はみな努力家だと感じる。

コツコツとしたことを地道にずっと続けることができる人ばかり。

 

命題のP⇒Qが真であれば、その対偶(命題の前後を入れ替えて否定)もまた真となる。

 

「努力をしないと(Qバー)、成功者にはなれない(Pバー)」

(Pバー・Qバーは、P・Qの否定)

 

これらをまとめると、

「成功者はみな努力をしている。努力をしないで成功者になれることはない。」

(出典:はじめの一歩)

ラクして手にした”成功”は、偽りの成功

これまでは、お堅い数学の命題の話。

ついでに、「はじめの一歩」に出てくる鴨川会長の名言セリフの英語版も入れた。

(受験生にとっては役に立つだろうと思う)

 

もしラクに成功者になれたとしたら、それは本当の成功とは言えない。

たとえば、宝くじに偶然当たったり、親に隠し財産があってそれを相続して億万長者になったり。

億万長者が成功者かどうかは議論があるところだが、お金があればたいていの物は買える。

宝くじに3億円が当たったとして、3億円というと大卒サラリーマンの生涯賃金だ。

 

もしこれだけのお金があれば、普通の暮らしをしていれば一生働かなくても生きていける。

  • すし詰めの満員電車に乗らなくても済む
  • いつも不機嫌な上司の顔も見なくても済む
  • お得意先にヘコヘコしなくても済む

 

メリットばかりのように見える。

しかし・・・

努力をしないで得たお金は、それを失うことを常に恐れる人生を送ることになる。

”宝くじの高額当選者の末路は、たいてい不幸”

これはもはや常識と呼ばれるくらい有名な話だ。

 

不幸になるのは、自分の努力に見合わない大金を急に手にしたため、お金の使い方を誤ってしまったために起きる。

何も考えずに高級車を買い、高級マンションを買い、家族みんなでファーストクラスに乗って旅行に行く。。

また、お金がある余裕からか、傲慢になり、逆に貧乏人を見下す考え方も出てきて、周りから人が離れていく。

そして大金を数年という短い期間で使い切り、金銭感覚が完全に狂ってしまったまま、急に生活水準を下げることもできず、周りの誰も助けてくれず、借金生活へ。。

 

偽りの成功と本当の成功

一時的な偽りの成功を手にしたとしても、長続きはしない。

人生に一発逆転というものはない。

もし一発逆転と思わしきことが起きたとすれば、それは今までの努力の成果だろう。

長年の悲願で高額の宝くじに当たったとすれば、「わざわざ毎年年末に宝くじ売り場に行って宝くじを買い続けた」という、それも一つの努力。

 

私の今までの経験では、運任せの一発逆転はひとつもない。

大学に合格したり、仕事でプロジェクトを成功させたり、急にモテキが来たり、細かいがTOEICの点数が上がったり。

私のオナ猿時代は女に忌み嫌われるだけの負け人生だと思っていたが、よく思い返せば、地道な努力を続けることによって得られたものは多いと感じる。

このブログを日々執筆できているのも、長い間、自分の中にある欲望と真剣に向き合ってきた、いわば一つの努力の成果だと感じている。

長い期間その成果を失っていないから、これは偽りの成功ではないと思っている。

もちろん、ここからいつ転げ落ちてもおかしくはないから、一切気は抜けない。

 

努力は人を裏切らない。

努力を続けていれば、報われるときが必ず来る。

 

最後に、ホームラン王である王貞治さんの言葉。

「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力とは呼べない。」




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