オナ禁だけに依存しないマインドと行動

「オナ禁すれば、何でも夢が叶う」

叶わない。

世の中にそんなに便利なものがあるとすれば、全世界的にオナ禁に関する論文ができあがっていることだろう。

夢をかなえる方法でよく登場する”潜在意識”の存在については、知る人ぞ知る秘法であり、マーフィー博士に代表される関連書籍もたくさんあり、世界的な成功者も暗黙的にこのことを理解している。

だがことオナ禁に関しては、そのような事実は見受けられない。




オナ禁の経験から何を学んだか

たしかに、強烈な性欲の抑制をすることは大変かもしれない。

苦労するその分だけ、オナ禁にすごい効果があるのも事実。

オナ禁によって、今までの時間を無駄にしていた怠惰な自分とは完全に違った人間になれる。

歯を食いしばってオナ禁をすれば、苦労した分だけ夢が叶うと感じるのも無理はない。

 

だが、「オナ禁さえすれば・・・」というオナ禁だけに依存する考え方はとても危険だ。

オナ禁は、「身体や精神に悪い習慣の一つをやらなくなった」という、マイナスがゼロに戻っただけのこと。

 

また、いくらオナ禁をしていていたとしても、もし電車の中でうつろな目でスマホを眺めていたり、もし歩きながら前も見ずにスマホをいじっていたりしていたら、オナ禁の経験からは何も学んでいないということになる。

  • 「他のみんなも電車でスマホをいじっているし~」
  • 「他のみんなも歩きスマホしているし~」

このような、

「他のみんなもやっているから、自分もやる」

という考え方は、究極的にはオナニー習慣の考え方と何も変わらない。

「他のみんながオナニーやってるって言っているから、おれもやる。」

 

スマホが悪いものだとは思わないが、「スマホ=暇つぶしの道具」という見方をしていると、スマホいじりも時間を無駄にしているオナニー行為と同じ。

オナニーは暇つぶしにもってこいのものだからだ。

 

こうやってみると、「歩きスマホ = 他の通行人にぶつかってでもスマホの画面を見たい = 自己中心的なオナニー行為」といえる。

歩きスマホは、自分さえ良ければ他人がどう思うがお構いなしという、オナニー行為と同じこと。

歩きスマホ = オナニー

 

個性と非常識の違い

話が歩きスマホへと逸れてしまったので、元に戻そうと思う。

オナ禁という、他の人が継続できずに脱落していくものをしているからには、こういった”他の人がやっているから自分もやる”という考え方を真っ先に無くしてしまう必要がある。

 

正しくはこうだ。

「他のみんながやっているから、オレはやめとこう」

これが”個性”である。

 

もちろん、みんながやっていることであっても、有用なこともある。

  • 「みんな赤信号で止まって待っているから、オレは止まらずに行くぜ!他の人とは違うことをやってやる!」
  • 「就活ではみんなスーツを着てるから、差をつけるためにオレはど派手な私服で行くぜ!」

これは単なるアホだ。非常識ともいう。

法律や道徳、暗黙のルールを守るのは、社会生活を送る上で当然のこと。

”個性”と”非常識”とを履き違えてはならない。

 

オナ禁に依存しないためのマインドと行動

では、オナ禁に過度に依存しないためには、どうすればいいか?

それは、次の方法がオススメだ。

  • 「オナ禁することは空気を吸って吐くのと同じくらいに当たり前のことだと考える。」
  • 「オナ禁以外の有用なことを複数行う」

 

今の私はこの状態にあると感じている。

おかげで、過去にあれほど依存していたことが、今となってはまるでウソのように忘れてしまっている。

 

自己改善に目覚めると、人間は強い。

世の中に溢れかえっている快楽が、とてもアホらしいもののように見えてくる。

この境地に至れば、もう迷うことなく突き進むのみ。

「オナ禁さえすればこんなオレでもきっとモテモテに・・」なんてことは考えなくなるだろう。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です