オナ禁の守破離 ~自分で考えるクセを付ける~

私はいわゆる仕事人間なのだが、周りを見渡してみて、

「何も考えずに、ただ言われたことをそのままやるだけの人」

という人が少なからずいる。

「時間に余裕があっても、自分の担当している仕事や頼まれた仕事以外は一切やらない」という人だ。

武道などでいう「守破離」の、「守」の状態からずっと抜け出せない人である。



守破離と仕事

守破離とは、ウィキペディアによると次のとおりである。

守破離(しゅはり)は、まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。

その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。

最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。ウィキペディアより

 

「守」とは、つまり、上司や師匠、先生から教わった通りにやることである。

それこそ何も考えず、そのまま見よう見まねにやる。

野球でいうならば、バットの持ち方や素振りのようなもの。

決して変わることのない基本となる部分であるゆえに、「守」の部分はとても大切。

これをないがしろにすると、全てがダメになる。

 

だが、「守」の部分から抜け出さずに、そのまま「守」をずっと続けている人がいる。

「仕事は上司や先輩の言われた通りにやりなさい」

会社の仕事について右も左もわからない新入社員なら、それが正しいだろう。

だが、いつまでも「守」では、成長しない。

 

私の考える仕事のできる人とは、

  • 自分の担当以外の業務もある程度把握している
  • 自分以外の人の手伝いが進んでできる

 

ひとことでいうなら、「指示待ち人間ではない」ということだ。

指示待ち人間は、人生の無駄遣い。

 

指示待ち人間はたいして仕事していなくてもお金がもらえてラクかもしれないが、そこに未来は100%無い。

仕事のできる他の誰かから「あいつは仕事をあまりしていない」と上層部に報告されてしまい、結局は自分で自分の首を絞めることになる。

(それ以前に、優秀な上層部であるならば、仕事をしない人は一目で一瞬にして見抜かれる)

身から出た錆だから、文句も言えない。

 

「守」の段階が終われば、自分なりに「破」へ進む必要がある。

会社共通の目的さえ間違えなければ、上司の言うことは決して絶対ではないとわかるはずである。

 

オナ禁の守破離

オナ禁で言うならば、「エロ禁」が「守」の部分だろう。

これはオナ禁の最初のうちは鉄則中の鉄則だ。

たいていのリセットは、エロ動画の閲覧から起きている。

今までの自慰行為でエロ動画に耐性のない脳の状態に性的な刺激を与えるわけだから、耐えられるはずがない。

 

エロ禁以外にも、オナ禁における「守」の部分はいくつかある。

  • ヒマをなくす(スケジュールを埋める)
  • 目標を見つける
  • 運動をする

これらはいずれも元をたどっていけば、「エロ禁を守るため」に繋がる。

 

この「守」の段階が終われば、ある程度は自分で考えることができるようになっている。

なぜエロ禁が必要なのかに気付く。

これがわかれば、「」の部分に行ける。

オナ禁の「破」の段階では、リセットのリスクを感じることなくエロ禁を意図的に解除することができる。

もしこれでリセットのリスクを感じてしまうようでは、また「守」に戻ってエロ禁を徹底するしかない。

エロ禁を解除するのには理由がある。

エロい情報に完全に興味がなくなってしまうのを避けるためだ。

言い換えれば、完全に性欲がなくなるのを避けて、一定量の性欲を保つという意味がエロ禁解除にはある。

これはあくまで私の個人流のやり方であるので、他の方法でもかまわない。

とにかく、性欲を完全になくしてしまうと、他の物事に対する欲望もなくなってしまう。

やはり男にとって、「女にモテたい」という力は強い。

 

これを他の物事に転化すれば、爆発的な力になる。

 

そしてこの「破」を超えれば、最後に「」れていく。

私にとっては、このブログの継続がオナ禁の「」である。

 

オナ禁の「離」のやり方は、人それぞれ。

もちろん、このブログには「離」の方法は一切書いていない。

言うまでもないが、他の人の人生をどう生きるべきかまで私は関与できないしするつもりもない。

禁欲を極めるために世界中を旅するというのもいいし、完全オナ禁で頭を悩ませるくらいならオナ減に切り替えて性欲とうまく共存していくというのも選択肢としてあるだろう。

「守」「破」の段階の後の「離」は人それぞれであり、自分の信じる道をただ突き進むだけ。

その段階になっていれば、もはやこのブログを見に来ることは無いだろう。

 

なんでも自分の考えてできる人になれば、仕事も物事も必ず続く。

誰かから言われたことをただやるだけの人生なんて、つまらない。




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