自分に自信を持つことは重要だが、自信を持ちすぎない謙虚さも重要

  • 自分に自信がない = 頼りがいがない
  • 自分に自信がある = 頼りがいがある
  • 自分に自信を持ちすぎる = 自意識過剰、自惚れ屋

 
 




長期オナ禁者・オナニーフリー者は絶対的な権力者ではない

今の私はオナ禁ブログをほとんど見なくなってしまったが、過去にオナ禁者のブログなどをよく見ていた時代があった。

あの頃は、とにかく情報に飢えていた。

そんなオナ禁ブログの中には、オナ禁のために有用な情報があるサイトもある一方、まるで自分が絶対的な権力者(独裁者)であるかのような振る舞いをしていたものをいくつか見たことがあった。

当時のオナ禁奮闘時代の私でも、これにはなんだか違和感を覚えたものだった。

これは思えば、フランクリン・コヴィー博士の書籍「7つの習慣」に代表される、自己啓発系の本を読みあさっていたからだろうと思う。

 

いくらオナ禁をしようとも、ドイツの独裁者のようになれるわけではない、単なる一人の一般人の人間だ。

自分がいくら変わっても病気はするし、女にフラれることもあるだろう。

さらに、自分に自信を持ちすぎるというのは、実は自分に自信がない事の裏返しでもある。

だからこそ、誰かからナメられないように気丈に振る舞ったり、自慢話をしたりする。

 

そして、そういった独裁主義的な人は、他人からの評価を異常に気にするという傾向がある。

つまり、「自分が他人からどう見られているか」ということについて気にし過ぎていることだ。

だからこそ、好意的な意見は気を良くする一方で、荒らしや否定的な意見には徹底的に拒絶し、交戦し、相手を論破しようとする。

交戦すればするほど、相手はさらに勢いづくということにも気づかずに。

だが自分自身に余裕がなく、また変なプライドもあるため、相手に勝たなきゃ気が済まず、スルースキル(=無視できる能力)もない。

私は、スルースキルがなければ、下記の記事のように本当にオナ禁に成功しているとは言えないと思っている。

 

 

謙虚を忘れないことの大切さ

これはあくまで私の感覚だが、雑誌で企業経営者のインタビュー等を読んでいると、長い期間、組織のトップに君臨している人ほど謙虚だと思う。

そういった人は、「驕りは人を破滅させる」ということをよく知っているからなのだろうと思う。

謙虚だからこそ、人を貶めるだけの無意味な争いがあれば、自分からすぐに身を引くことができるのだろう。

これがいわゆる、「負けるが勝ち」というやつだ。

 

一時期は栄華を極めていた某マスコミが今や落ちぶれてしまったのも、かつてはトップであったことの驕りだろう。

やりたい放題やり、挙句の果てに、「見たくなければ見なきゃいいだけ」

こういった態度を視聴者に取ってしまった。

このような横柄な態度を取ると、人は付いてこない。

「わかった。言う通り、見ないことにする」となるし、実際にそうなってしまった。

 

大切な事なので繰り返そう。

「驕りは人を破滅させる。どんなに成功したとしても、それを長く続けるためには謙虚にならなければならない。」

 

私は禁欲が長く続いていると思っているが、もしここから落ちてしまう時は一瞬で落ちるだろう。

そして落ちてしまうその時というのは、謙虚さを忘れて驕ってしまった時のはずだ。

だからこそ、常にガードを下げず、自分に謙虚でありたい。

「いつ失敗して過去の自分で自分を慰める情けない自分に戻ってしまってもおかしくはない」と思いながら。

 

「自信がないのはダメ、だから自分に自信を持とう!」とはよく言われる。

だが、自分に自信を持ちすぎてしまっても害がある。

結局のところ、バランスが大切となる。

卑屈になり過ぎない、かといって自信過剰でもない、自分の身の丈にあった”ある程度の”自信を持つのが一番なのだろう。




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