「楽しい」「面白い」と感じない物事は長く続けられない

「茨の道を突き進め」

努力の格言として言われる言葉である。

だが、もしも、この先もずっと、暴風雨で茨の道が果てしなく続き、何のオアシスもない荒れ果てた焼け野原をひたすら歩いていて、その先に何があるかわからないとすれば・・・

いつかどこかで倒れてしまうことだろう。

”長い茨の道の先には、誰一人たどり着いたことのない桃源郷がある”

こう信じることができるからこそ、傷だらけになっても歩き続ける意欲が湧いてくる。




苦痛に耐えているといずれ負けてしまう理由

記事の冒頭ではゲームの世界のような大げさなことを言ったが、現実であり得ない話ではない。

オナ禁にもまったく同じようなことが言える。

急なムラムラに襲われた時に、

  • 「ここは耐えろ!」
  • 「何があってもやるもんか!」
  • 「ふんばってやる!」

 

もしもオナ禁に対してこういった”苦痛を耐える気持ち”しかないとすれば、残念ながらその状態でオナ禁を継続させるのは極めて困難だろう。

人間の脳は、何の面白みや楽しみの感じない苦痛にずっと耐えられるようにはできていないからだ。

そのとき一時的に運良く性欲を乗り越えられたとしても、次回以降に性欲に襲われたとき、その”苦痛を耐える気持ち”に負けてしまい、いずれリセットしてしまう。

 

禁欲や自己改善は本来楽しいもの

性欲には、抗ったり耐えたりしてはいけない。

わき上がる性欲を華麗にスルーするとともに、禁欲すること自体を「楽しい」「面白い」と思う必要がある。

これを逆に言えば、自堕落な行為をつまらないと思うことである。

 

(これについては下記の記事が参考になるだろう。

少々古い記事であり、今読み返してみると少し恥ずかしくなった)

 

 

この考え方は、オナニーフリーとなるためには必須の考え方だ。

私がオナ禁を心の底から「楽しい」「面白い」と思えたのは、性欲というものをある程度コントロール出来るようになってきた頃だった。

何かのきっかけで家でムラムラがわき上がってきた時に、

 

「あーまた来たか。外に行って勉強でもして紛らわせるか・・」

 

このようにスルーできるようになっていた頃があった。

そしてこの状態にある時というのは、重大な仕事を任され、さらにモテ効果も感じた。

仕事が増えた分だけ収入も増え、周りの女性からも注目されるようになり、それなりに良い思いをしたこともある。

これが「オナ禁効果」というやつだったかもしれない。

そんな出来事があってからというもの、素直にオナ禁が楽しいと感じるようになった。

もし自堕落な生活をしていたとしたら、この「楽しい」「面白い」という気持ちは得られなかったに違いない。

 

また、ランニングにしても、走っている最中は正直に言ってしんどい。

汗はだくだく、息は絶え絶え、体はフラフラ。

そのあまりのしんどさに、「何でこんなしんどい思いをしてまで走っているのか?」と思う時すらある。

だけど目標の距離を走り終えた時はいつも、言葉で言い表せないような達成感を感じることができる。

この「走るのは苦しくとも終わったら楽しい」という思いがあるからこそ、走ってる最中にたとえ体が辛くても走り続けることが出来る。

「終わったら楽しい」という感情、大げさだが、これが「茨の道の先にある桃源郷」である。

 

まとめ

まとめの言葉としては、この一言に尽きる。

「オナ禁することについて、心の底から楽しんでいるだろうか?」

「楽しい」「面白い」と思うことができているとすれば、オナニーフリーとなる日は近いだろう。




「楽しい」「面白い」と感じない物事は長く続けられない」への6件のフィードバック

  1. さおけんさん
     たびたび失礼します。毎回思うのですが、さおけんさんの記事は論理的かつさおけんさんの経験も交えて書かれているのでとても説得力があり、心の支えになっています。
     今回の記事でオナ禁を心の底から楽しんでいるか?という言葉が心に刺さりました。僕の場合、心のどこかでオナ禁は辛く厳しいもの、耐えるものと思ってしまいます。あと、オナ禁を続ければ続けるほど、強力なムラムラが襲ってきたらどうしようかと不安に思ってしまいます。オナ禁もそうですし、運動も勉強も苦しいことを耐えてこそ得られるものがあると思ってしまうのですが、やっぱり楽しまなきゃ何事も続かないですよね。。。

    1. 重ねてのコメントすいません。昨日またリセットをしてしまったのですが、ムラムラと湧きあがる性欲をスル―しようとしていても、結局はここで抜くわけにはいかない、やってはいけないと性欲に抗ってしまいます。オナ禁を楽しもうと思ってもやはりどこか我慢することでオナ禁を続けようとしている自分がいます。「楽しもう楽しもう」、「性的なことを考えないでおこう」と思えば思うほど性的な妄想に囚われ、そのままリセットに一直線のような。
      そのため、どうしてもオナ禁を続けられず先に進めません。何かオナ禁を楽しむコツとかってあるんでしょうか?
      愚かな質問で申し訳ありません・・・。

      1. >サトシさん
        いえ、愚かな質問ではなくごく、当然のご質問だと思います。
        私のこの投稿記事が「どうやって禁欲を楽しむのか」ということについて、詳細に書いていないだけでしょう。

        オナ禁を続けるためのコツとしては、詳しくは「オナ禁継続の方法・コツ」のフォルダにある記事をつぶさに読んでいただければと思うのですが、
        もし”オナ禁を楽しむコツ”というものについてひとことで言うとすれば、
        「オナ禁によって自分が成長していく過程をじっくりと観察する」
        というところでしょうか。
        「自分が成長するのは楽しい事だ」と思うことができれば、禁欲が好きになる(逆に言えば自慰がバカらしくなる)と思います。
        上手く言葉にできなくて歯痒いのですが、これが伝われば嬉しいです。

    2. >サトシさん
      お褒めいただき、ありがとうございます。
      実は、文章の論理性にはあまり自信がないのですが(過去記事の間でも矛盾があったりしますし)、経験談については自信があります(笑)

      いきなり「オナ禁を楽しめ」と言っても難しいかもしれませんね、わかりにくくてすみません。
      「自慰で失うもの」と、「禁欲で得られるもの」が明確にわかってくれば、楽しむこともできると思います。

      1. さおけんさん
        ご返信ありがとうございます。僕の場合まだ楽しむという余裕がないのかもしれません。特に初期は変化が分かりづらく、またすぐに悪習慣に戻ってしまいます。「自慰で失うもの」と「禁欲で得られるもの」を把握し、自分がどれだけ成長しているかを自覚するため、今日から日記を少しずつ書いて確かめていきたいと思います。
        こんな初歩的な質問にも丁寧に答えていただき、ありがとうございます。
        ちなみに、さおけんさんのブログの内容はふとした瞬間に思い出すことが多いので、それは論理的かつ具体的に書かれているためだと僕は思います。

        1. >サトシさん
          またお褒めいただき、ありがとうございます。
          そう言っていただけると素直にうれしいです(笑)

          この記事で言いたかったことは至極単純なことで、
          「物事が面白いと思れば続くし、面白いと思わなければ続かない」
          ただそれだけのことです。
          苦痛しか感じないような物事が長く続くことは絶対にないですし、逆に少しでもどこか面白いと感じることがあればそこには続く素養があります。

          私もブログを書くのがたまに面倒と感じる時もありますが、根っこには「ブログを書くことは何かと面白い」と思っている部分があるからこそ、そこそこ長く続いているのだと思っています。
          サトシさんの場合は禁欲が面白いと感じるようになるまで、試行錯誤あるのみだと思います。

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