「オナ禁最高!オナ禁しないオナ猿はクズ?」

私の昔のオナ禁奮闘時代、ネット上では、

  • 「オナ禁こそが至上で最高の方法だ!」
  • 「オナ禁をしないオナ猿はクズだ!」

こういった風潮がかなりあった。

(もしかしたら今でもあるのかもしれないが、今の私はオナ禁ブログを見なくなったのでわからない)

私は敢えてこのことに苦言を呈したい。



オナ禁は自分を変える数多くある方法の一つに過ぎない

オナ禁は自己改善の方法の一つ。

だから、自分を変えるつもりがないならば、わざわざオナ禁をする必要はない。

 

私が思う究極的な人生観は、これだ。

「人生は楽しければそれでいい。」

つまり、

人生は楽しんだもの勝ち

である。

 

自慰行為しようがしまいが、毎日の人生が楽しいと感じるのならば、オナ禁にこだわる必要は全くない。

自慰が好きだとしても、その人がその人の人生を楽しんでいるのならば、それでいいと思う。

 

このブログの他の記事では何度か述べているが、オナ禁だけが人生の全てではない。

「オナ猿はクズだ」と言うのは、「タバコと酒は身体に悪い」と言っていることと同じだ。

こういった正論を高々に宣言しても、高齢の方が酒やタバコを嗜んでいる姿を見ると、人生を楽しんでいるように見える。

他人の人生をどう生きようが他人の勝手だし、それに口を出す権利は誰にもない。

この言葉の裏には、「オナ禁ができているオレすごい。オナ猿とは違う」と言いたいだけの、単なる傲慢の気持ちがある。

 

オナ禁は自己改善の補助的な方法

「オナ禁しないと人生はクズのままで変わらない」?

この言葉はよく言われるが、これに対する私の答えは、だ。

自分を変える方法(=人間的に魅力的になる方法)は、オナ禁以外にもいくらでもある。

ダイエット・禁煙・禁酒・勉強・読書・運動・ファッション・姿勢・楽器・笑顔の練習・美容・会話術など・・

挙げればキリがない。

オナ禁というものは、これら数多くある自己改善方法を長く継続させるための、補助的な効果があるに過ぎない。

 
自慰行為を推奨するものではないが、もし何かに迷った時は、将来において後悔しないような方法を選択すればいいと思う。

何かの事故で死の危険性を感じた時に、

「あーあ、あの時にあれをしていればよかった・・・」

こう思わないように生きればいいと思う。

明日も生きているとは限らないのだし。

(・・まあ、生きている可能性のほうが死ぬ確率よりも高いとは思うが)




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