「自分の信念を持つこと」の意味とは

このブログでは禁欲を続けるための考え方として、「確固たる自分の信念を持つこと」だと述べている。

誘惑や快楽に流される人の多い中で、「何があっても、誰がやろうとも、自分はやらない」という信念が禁欲には必要となる。

もちろんこの「信念」という言葉には、良い意味もあれば、悪い意味もある。



自分の信念を持つこととは「頑固者になること」

自分の信念を持てということは、言い換えれば、「頑固者になれ」ということにほぼ等しい。

頑固者というと、なんだかネガティブな意味に取られがち。

いつも口がへの字に曲がった有名寿司店の亭主みたいなイメージだろうか。。

主人は頑固者、だけど、味は絶品みたいな。

(そんな師匠のお弟子さんは苦労しそう。。)

 

一般的な”頑固者”のイメージは、次のようなものだろう。

  • 他人の言うことに耳を貸さない
  • いつも不機嫌そうな顔
  • 自分のやり方に固執している

 

このブログも、見方を変えれば、”頑固者の戯言”かもしれない。

私は仕事上では会社全体の利益があるので他の人の意見に耳を貸さざるを得ないが、一方で自分の禁欲生活に関しては他の人の禁欲方法をそっくりそのままマネをすることはない。

つまり、禁欲に関しては、他人の意見に耳を貸さずに自分のやり方に固執していると言える。

(もちろん、自分に参考になるものやプラスになるものについては、積極的に取り入れてい)

自分のやり方に完全に固執することで、禁欲に関してここまで大きな失敗をせずに来ている。

 

頑固者ではない禁欲者はいるか?

しかし、もし禁欲に関して頑固者でなかったとしたら、一体どうなるか?

おそらくは、何度もリセットを繰り返してしまうと思う。

禁欲が破られてしまう理由の一つとしては、他の人の意見にフラフラと流されてしまうということがあると思う。

「憧れ有名人のあの人もやっていると言っていたから、オレも真似してやろう」

というのは、自分の確固たる信念がなく、典型的な他人の意見に流されているパターンである。

もしも有名人が創作活動で違法なクスリの類いを使用したとして、それは真似するだろうか?
普通はしないだろう。

たいていの人は、「クスリには絶対に手を出さない」という確固たる信念があるからだ。

 

ところが、煙草やお酒や自慰といった、違法でない悪い習慣となると、途端にハードルが下がる。

有名人のラジオで「この前の打ち上げでワインのボトルを数本開けた」と言ったことを聞くと、その人のファンで禁酒している人がいるとすれば、心が揺らいでしまう。

 

もしも、前述した有名店の店主が店に来る客達から「あの素材はああしたほうが美味しい、この素材はこうしたほうが美味しい」みたいな意見を果たして聞くだろうか?

それを逐一聞いていたとしたら、長年修業した自分の味ではなくなってしまうだろう。

頑固者だからこそ、自分のやり方に固執しているからこそ、専門外にいる”外野”の意見にブレない信念が出来上がる。

おそらく、頑固者ではない禁欲者はいないと思う。

 

で、結論。

禁欲を末永く続けるためには、人の意見や誰かの誘惑に耳を貸さないような「頑固者」になることが必須となる。

それは、

「誰かが快楽にふけっていようとも、自分は絶対にやらない」

というメンタルを持ち続けることである。




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