批評家の言う「できっこない」をやり遂げる快感

「そんなこと、できるわけがない。」

ありとあらゆるところで、誰かが何かを否定している。

誰かを非難したり、何かを否定することは、言うだけならとてもカンタンなこと。

何も知らないしできない小さな子供だって、文句を言うだけならできる。

つまり、「否定するだけの人(=批評家)の思考回路は、小さな子供と同じ」ということになる。





オナ禁ブログは長く続かない?

このブログを始める前のこと、とあるオナ禁ブログで、

「”オナ禁日記”でブログを永久的に続けることはできない」

といって、更新が完全に止まっているオナ禁ブログを読んだことがある。

 

確かに、「オナ禁」日記は、いずれネタ切れになる可能性があるかもしれない。

たとえば、

オナ禁始めました!

→ オナ禁〇日目、朝の目覚めが良くなってきました

→ ムラムラしてエロ禁解除したらリセットしてしまいました

→ 翌朝の目覚めが悪くなりました

→ オナ禁を再開しました!

→ オナ禁〇日目、肌が綺麗になってきた気がします

→ 油断したらまたリセットしてしまいました・・・

 

同じ話題の繰り返しで無限ループとなり、ネタ切れによって、いずれ更新されなくなっていく。

かといって、オナ禁とは無関係の「今日はランチでカレー食べた」といった単なる自分の日々の出来事を綴っただけの単なるブログ日記を書いたとしても、ネットユーザーは有名人ではない人の日記にほとんど興味を示さない。

ブログにアクセスされなくなり、ブログに対するやる気もなくなり、ブログ管理画面にアクセスする気すらもだんだんと無くなってくる。

 

このブログは1年半ほど定期的な更新を続けているが、オナ禁ブログでも十分に長く続けられている。

続けられる理由は、冒頭の「オナ禁日記だけでは永久的にブログを続けることは不可能」と言っていたブログがあったおかげでもある。

「誰かができない」と思うことをやることの快感は、格別だと思う。

 

批評家と実行家の違い

「実行家」とは、批評家の反対語としてこの場で思いついた造語だ。

言うだけでなく、きちんと実行する人のことをいう。

前にテレビで「喝!」としか言っていない批評家が、中年のプロスポーツ現役選手に対して、

「もう歳だからいい加減、現役をおやめになったらどうか」

と言っていた。

 

この批評家の意見を聞いたそのプロ選手は、

「”もっと続けて欲しい”という叱咤激励だと受け止めた」

・・・という神回答。

反発して無駄な争いを起こさずに受け流すことができる人だからこそ、いつまでも勤勉に禁欲にストイックに、現役選手を続けられるのだろうと思う。

 

もしも欲望に負けたら、批評家の言う通りになってしまう。

批評家は、鼻高々にこういうはず。

「やっぱりあいつは続けられなかった。オレの言ったとおりだっただろう?」

誰かからそう言われたく無いならば、もう腹をくくるしかない。

意地でも歯を食いしばってでも、批判するだけで何もしない(何もできない)批評家の言う通りにはならないという気持ちで。

 

「批判することは誰にでもできる。実行することはこの上なく難しい。」

 

このことを逆手に取り、批評家の言うことを覆すくらいに努力して物事を続けられれば、この上ない快感が得られるはず。

オナ禁も勉強もスポーツも努力も、すべては継続。

 




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