オナ禁継続のコツ:限界を「少しだけ」超える

突然だが、私のモットーは「他の人とは違うことをする」である。

禁欲以外にも、”電車の中ではスマホを一切触らない”というのも、そのうちの一つ。

「他の人と同じことをすれば、他の人と同じになるだけ」だからである。

 

 

 




諦めるポイントはだいたい皆同じ

オナ禁の方法で言えば、オナ禁の継続日数にあまりこだわらなかったのも、オナ禁者の中で一つの差別化をしたと思っている。

またその他の方法にも、「誰もが諦めるというポイントをなんとかして少しだけ乗り越える」というものがある。

誰もが諦めるポイントというものは、comfort zone(=心地よく感じる場所)とその外(success)のちょうど境界線にある。

誰もが成功(=自分を変えること)を目指してコンフォート・ゾーンを飛び出そうとするが、まさにその境界線を飛び越えようとする時、諦めてしまう。

 

わかりにくいので、もっと具体的にしよう。

筋トレでいうならば、「腕立て伏せ10回」というキリの良い数字がある。

誰もが、筋トレをする時、10回とか30回とか、キリの良い数字の回数をすると思う。

これに対して、私はキリの良い数字プラスアルファの回数をするようにしている。

 

腕立て伏せ10回ならば、10回といったキリの良い回数はせず、プラス1回の11回をする。

なぜ11回かというと、大抵の人は10回というキリの良い回数を達成すると、満足してそこでやめてしまうからだ。

深い腕立て伏せを10回するのは、かなりしんどい。

  • 5回目で、腕に尿酸が溜まって動きが鈍くなってくる。
  • 7回目で、息が切れてきて「もうダメだ」と思うようになってくる。
  • 9回目で腕がガクガク、だけどあと1回と思って最後の踏ん張りをする。
  • そして10回目をやって、仰向けに倒れ込む。

つまり、10回きっかりで、続けることを諦めてしまう。

 

私の場合、これに敢えてプラス1回を加える・・つまり深い腕立て伏せを11回する。

これは「回数を人よりも少しでも多くするということが偉い」と言いたいのではない。

もし回数が全てならば、腕立て伏せの負荷をもっと軽くすれば、20回だって30回だって可能だろう。

敢えてプラス1回をする理由は、「他の人がここで諦めるというキリの良いポイント(=10回)を少しだけ乗り越える」というマインドを手に入れるためである。

 

皆が諦めるポイント = 誰もが辛いと感じて止めてしまう瞬間 = ここを踏ん張って乗り越えれば確実に差がつく

 

こういう風にプラスアルファのことをしていると、不思議なことに、「他の筋トレ(腹筋・背筋・スクワットなど)も続けてやろう」という気持ちにもなっている。

良いこと尽くし。

 

オナ禁における「皆が諦めるポイント」とは

もちろん、この考え方はオナ禁にも応用ができる。

これは今でもあるのかどうかわからないが、3~4年前の当時は「末日にオナ禁リセットする」というのがやたらと流行っていた。

末日とは、月末だったり年末だったり。

末日はリセット報告の嵐だった。

末日にリセットをする理由は、

  • 「キリが良いから」
  • 「末日にリセットしたほうが次のオナ禁日数を数えやすいから」

というものだった。

当時の私も最初はその流れに乗っていた。

 

だがこれらの理由は、「快楽を得たいがための単なる正当化に過ぎない」と気がついた。

つまり末日(月末・年末)というのは、誰もがオナ禁を諦めてしまうポイントの一つだ。

 

だから当時の私は、月末だろうと年末だろうと、オナ禁者の誰もがここで諦めてしまうだろうというポイントを何とかして乗り越えた。

これをやることで、わかったことがあった。

他の人と同じことをしても、他の人と同じ結果になるだけ」だと。

 

この少しだけ限界を超えるという方法は、かなりのエネルギーと精神力を必要とする。

深い腕立て伏せ11回にしても、10回目から11回目に至ってはもはや腕が動かない。

末日(年末)でいえば、セクリセだろうと出してスッキリしてから年を越したいと考える人も多い。

 

誰もがやっている(諦める)という大きな流れがあるから、ついそれに従ってしまいたくなるのが人間。

その大きな流れに逆らうわけだから、エネルギーと精神力がいるのは当たり前である。

 

腕立て伏せ11回も、末日に抜かない方法も、これらをやることで「誰もが諦めるポイントを自分だけ乗り越える」という訓練ができる。

これら以外にも外国語学習やブログ執筆などの「他の人と違うこと」をしていると思うが、記事のスペース都合により省略する。

 

限界を「少しだけ」超える まとめ

自分に悪い影響を及ぼすような周りの人たちを置き去りにし、そこから抜け出して独走する。

この考え方は、禁欲者(特に長期の)が自然とやっていることではないだろうか。

ポルノ蔓延のこの世界において、”男ならAV見て抜くのが当たり前”という既成概念をぶち壊す。

そして、「誰がやろうとも自分はやらない」の信念の元で独自の道を行く。

“Everyone does it; therefore, I don’t (won’t).”

「みんながやっている。だから自分はやらない。」




オナ禁継続のコツ:限界を「少しだけ」超える」への2件のフィードバック

  1. お久しぶりです。
    自分もいつもそれしてます。
    10回いったとこで、もう1回。
    限界を超えるという意味もありますが、
    11回ができれば、次の日も10回はできるので、11回をしてはじめて10回がこなせたと思っています。

    ただ11回になれてしまったためか
    本当の意味での限界を超える(プルプル状態からもう倒れそうの限界の1回)は最近出来ていません。
    この限界を超える作業が、人を成長させると思うのですが、 やっぱり本当に辛い・・

    1. >こーちさん
      この記事の腕立て伏せは一例ですね。
      こーちさんもご存じの通り、キリのいい数字はみんながやることなので、それを超えてこそ差がつく(=自分の限界を超えること)のだと思っています。
      11回の次は12回、その次は13回と、回数を伸ばしていていければ理想です(たしかにしんどいですが)。
      これはオナ禁も全く同じことだと思います。

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