~コラム~ celibacy (abstinence) のその先へ

オナ禁に関して、思うところをコラム形式で述べたいと思う。

タイトルの英単語は、「禁欲」または「節制」という意味である。

海外のオナ禁サイトで最も頻繁に出てくる単語のうちの一つなので、比較的簡単に覚えられる(日常会話で使うことはまずないが・・)。

今の私は、オナ禁というものに対して特段の意識を向けなくなった。

もちろんムラムラする事はあるのだが、昔のオナ猿時代のように「早くシコってスッキリさせたい!」と思うこともない。

仮にやったところで、失うものばかりで得られるものが全く何もないからである。

だがこういった節制の気持ちは、少しでも気を緩めると簡単に崩れてしまう。

そのため、このブログ記事の執筆を通じて、オナ禁に苦労していた時の気持ちを忘れないようにしている。




オナ禁に過信は禁物

オナ禁は何にでも効く万能薬のように言われることがあるが、それは明らかに違うと断言する。

いくらオナ禁をしていても、試験に落ちることもあれば、女の子にフラれることもある。

たいして勉強もせずに試験を受けたり、ノープランでデートに突撃してグダグダになれば、試験や女にフラれるということは当たり前である。

 

そして何かの物事に挫折すると、

「なんだ、あれだけ長い事オナ禁したって何も上手くいかないじゃないか」

そう思ってリセットし、元の習慣に戻ってしまう人もいる。

 

それはオナ禁が悪いのではなく、オナ禁に対する過信により試験勉強やデート下調べ等の努力を怠った自分に原因がある。

オナ禁はすべての能力を底上げする土台ではあるが、逆に言えば単なる土台に過ぎないとも言えるので、オナ禁をするだけで自動的に何かが達成できるということはない。

 

オナ禁はすべての土台

上記では否定ばかりしたが、オナ禁には底知れぬパワーがあるのも事実。

今まで人類ができあがるほどの膨大なエネルギーを無駄に放出していたのだから、そのエネルギーを体内に貯めこむことで、今までは感じたことのないような奇跡が起きるというのも理解できる。

 

その奇跡のパワーを引き出すためには、「オナ禁以外の何かと組み合わせる」ということが必須となる。

例えば、このブログはコツコツと書いて500記事を超えたが、思えば昔の自分からすればこれも一つの奇跡。

何かの大きな目標を成し遂げるにあたって、「オナ禁をする」というのは「目標に向けて努力をする」というのと同じくらいに当然のことだと感じる。

もちろんオナ禁をしなくても、その弊害を上回る努力をすれば目標が達成できるかもしれない。

だけど、オナ禁をすればその達成の確率は確実に上がる。

土台を上げることによって、「何だこの程度のことでいいのか」と思うことすらある。

少しだけ努力をして気が付けば願いが叶っていたという経験がある。

これはきっとオナ禁によって自分の土台が上がることで、努力すること自体があまり苦に感じなくなったことによるものだろう。

 

ただし、もしも何かの拍子で土台が崩れてしまえば、努力は苦痛に変わってしまう。

そうなると願いは叶わない。

土台だけあっても直接的には何もなしえないが、土台はなくてはならないものである。
 

禁欲のその先へ

私はオナ禁はある程度続いているので、オナ禁以外にも何か自分を高める方法はないかと模索している。

それが”接しても漏らさず”に代表される完全射精禁シリーズだったり、チャクラの活性化やチベット体操などの継続だったりする。

また英語についても、海外留学や仕事で英語のプレゼンをすることを経験した今、ここからさらにどこまで行けるのか知りたいと思っている。

自分の可能性は、自分の知らないところで無限に広がっている。

この事に気が付かせてくれたのは、他ならぬオナ禁である。




~コラム~ celibacy (abstinence) のその先へ」への3件のフィードバック

  1. 僕は最近、気付きました。
    自分が依存しているのはオナニーよりも「オナ禁による決意と挫折を繰り返す行為そのもの」だと。
    気付いたキッカケは、いつものようにオナ禁中にもかかわらずアレの物色をしていたある日の事。
    僕のサーチ力が足りないのか、溢れ出る性欲に反してオカズの質が合わないことが最近多いので、
    「最近はいいネタがなくて困る・・・次のオナ禁のために抜いときたいけどな・・・」などと考えて・・・
    ハッとしてウィンドウを閉じて、さっき浮かんだ思考を再現。
    「なんだって? お前今なんて? 今そのオナ禁真っ最中だろ?」と自分に問い。
    「次の決意のために挫折しようとしている」と自覚しました。これによって自分は何かに挑んでいるような気になり、勝ち負け(継続or射精)があり、負けたら次こそはと奮起する。人間の挑戦欲求がそこで満たされてしまう。だから、他のこと(勉強など)に挑戦するエネルギーがなくなる。
    そしてそれの原因は「変化を恐れ、常に現状のままでいたい」という深層心理から来ていると予想しています。
    「変わりたいけど挫折した。次こそは変わる!」←この繰り返しのなかにいたいという現状維持です。
    気付いたはいいのですが、どう改善すればいいのか分からないのでよければアドバイスください。
    決意と挫折を繰り返す「オナ禁依存」から抜け出す方法を教えて欲しいです。

    1. >人間になりたいさん
      これはかなり特異な意見かもしれませんが、挫折を何度も繰り返しその度に立ち直っていると、だんだんと挫折すること自体が気持ち良くなってくるものだと私は思っています。
      「一つの事の挫折を繰り返す」ということは、言い換えれば、「挫折するたびに何度もやり直して立ち直っている」ということを意味します。

      「1回挫折したけど、これからまたやってやるぞ!」と考えてそれが続いている時の気持ちよさは、一種の達成感があると思います。
      その立ち直る時の達成感をまた味わいたいがために、挫折を選んでしまうのだと考えています。

      私の場合、オナ禁に関してそういった気持ち良さや達成感はありません。
      無の境地と言いますか、非喫煙者がタバコを見てもなんとも思わないように、もはや自慰欲求に駆られることがないからです。
      (かといって性欲がなくなったというわけではなく、綺麗な女性を見ると寝てみたいとは思います)

      人間さんのおっしゃる「変化を恐れ常に現状のままでいたい」と考えるのは、誰もが持つ気持ちだと思います。
      やっかいなことに変化には苦痛を伴いますし、変化が大きくなればなるほどその苦痛は大きくなります。
      ですが、変化しないと成長しないのも事実です。

      私の提案は、「オナ禁にたいした効果はない」と考えることと、「環境を強制的に変える」です。
      前者については何度か記事に述べていますが、人間さんの場合はオナ禁効果に依存しているように見えます。
      後者については、スポーツクラブに入会するのもいいですし、思い切って海外留学するのもいいです。
      お金をかけて変化を加えれば、オナ禁効果に依存することなく、また目の前の取り組みに精一杯になることで自慰を忘れることができると思います。

      1. なるほど・・・。
        いったんオナ禁から意識を離してみます。

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