~コラム~ オナ禁を知らなかった時のほうが幸せ?

世の中にはオナ禁を知らない人もいることだろう。

ふとしたことで「オナ禁」というワードに出会い、過度の自慰行為には害があるということを知ってしまう。

言うまでもないが、このブログにたどり着いている方は、すでにオナ禁を知ってしまっている。

なまじオナ禁に出会ってしまったがために、自慰行為が継続できない苦しみを味わってしまい、自分を責め、オナ禁を知らなった時のほうが好きにできて楽しかったと感じている人もいるかもしれない。




無知は無力、盲目は弊害 ~オナ禁効果体験談~

「オナ禁なんて知らなきゃよかった」

このように思う気持ちは、わからなくもない。

この考えは欲望に負けてしまう弱い自分への言い訳のようにも聞こえるが、人が何に幸せを感じるかについては、人それぞれ違う相対的なもの。

自慰行為の弊害なんてものを全く気にせず、好きな時に、好きな場所で、好きなだけ快楽にふけることがこの上なく幸せだと感じる人がいてもおかしくはない。

だが私の場合、オナ禁に出会えて(気付くことができて)本当によかったと思う。

オナ禁をしてからというもの、良い事ばかりが起きている。

もちろんオナ禁をなかなか続けられなかった時は、焦りもしたし、苦悩もした。

数カ月くらいのオナ禁達成後にリセットをしてしまった時などは「どうにでもなれ効果」が発動し、どうすればこの先続けられるのかについて考えることすらイヤになったこともあった。

 

だけれども、そんなオナ禁の数々の苦悩を乗り越えた時、苦労した事なんて忘れてしまうくらいに大幅なメリットを感じることができた。

私の場合、他のどんなことよりも一番に感じることのできるオナ禁のメリットは、

「”見ず知らずの名前も知らない初対面の女の子からいきなり嫌われる”ということがほぼなくなったこと」

である。

もっと平たく言えば、街中ですれ違いざまに女の子から「キモイ」と私に聞こえるように言われることがなくなった。

それほど女の子にとって、オナ猿時代の私の外見はキモかったということだろう。

過去の私は、きっと女を自分の性欲解消のためのモノ扱いしているような目をしていたのだろう。

おそらくこのような目をしていたのだろうか。

(参考画像:ニュースで報道されたとある性犯罪者の目)

 

人生が「ハードモード」から「ノーマルモード」へ

オナ禁後に女の子から嫌われることのなくなった私は、人生が「ハードモード」から「ノーマルモード」に変わった。

残念ながら、いくらオナ禁をしてもイケメンモテ男のような「人生イージーモード」ほどになっていない。

それでも時折好意を見せてくれる女の子が出てくるだけで、十分な成長だと思う。

 

そんなあまりのオナ禁愛から、オナ禁ブログを立ち上げるまで至った。

もしオナ禁に出会えなったら今の自分はないし、もちろんこのブログも存在しない。

過去の私のような過度のオナニストが人生を変えるためには、オナ禁は避けて通れないだろう。

「オナ禁なんて知らなきゃよかった」と思う前に、欲望に負ける弱い自分を認めるところから入るといいかもしれない。

自慰行為の全くない生活の快適さを味わってしまうと、元の習慣には絶対に戻れない。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です