「オナ禁者か、そうでないか」でヒトを判断してはいけない理由

私は、昔のオナ禁奮闘していた頃、仕事やプライベートで初めて会う人(男性)を見てはこのように考えていた。

「この人はオナ禁をしているだろうか?それともしていないだろうか?」

悪いクセだ。

この考え方の裏には、

「自分はオナ禁しているからエラい」

といった、一種の驕りの気持ちがあった。




「オナ禁しているほうがヒトとして偉い」という考え方は完全に間違いだと断言する。

これは、オナ禁自体を否定しているわけではない。

たしかにいくら抑えてもあふれ出てくる性欲を抑制できるというのは、誰にでもできるわけではない。

ここでは、「オナ禁によって発生する驕りの気持ち」を否定している。

 

「はい、こいつは猿だ決定~」

私が初めてMさんを見た時に感じた感情がこれだった。

(Mさんの詳細は下記記事)

 

Mさんは確かに猿だったし、会社にも周りにもいろいろと迷惑をかけていた。

だが、たとえ猿であったとしても、みんながみんなMさんのような極端な例ではない。

オナ猿であっても、すごい人はいくらでも存在するという現実。

その代表的なヒトは下記のNさんだ。

 

  • オナ禁者 = エラい
  • オナ禁者でない = エラくない

このような単純化された二元論は、無意味で愚かな考え方である。

「オナ禁しているかしていないか」といったただ1点だけでヒトを判断することは、ものすごく視野が狭い。

もしこのように思っているとしたら、それは「自分がオナ禁ができていてエラい」と勘違いしているだけに過ぎない。

 

どんなに禁欲をしようとも、ヒトは神様にはなれない。

100%完璧な人間なんていない。

オナ禁ができたところで、別に偉くもなんともない。

だけど、少しくらい長い間オナ禁に成功している時というのは、昔の私と同じで、こういった無意味な他人との比較をしてしまう傾向がある。

そんな誰かを猿だ~とか蔑んでいるヒマがあるのならば、その時間と手間を少しでも自分を高める努力に向けた方がいいだろう。

そういった他人への蔑みの気持ちは、過去の怠惰だった頃の自分にだけ向ければ十分。




「オナ禁者か、そうでないか」でヒトを判断してはいけない理由」への2件のフィードバック

  1. 初めてコメントさせていただきます。自分もオナニーしてる人はクズではないと思います。何かの動画で見ましたが東大生でもシコってる人はいるので。しかも、オナニーしてる人を見下す考えは驕りの気持ちがあるし、昔の自分を否定することになるのでその考えを持たないことにしています。これからもさおけんさんのブログを拝見してコメントすることもありますが、よろしくお願いします。

    1. >日の丸さん
      コメントいただきありがとうございます。
      昔のオナ禁ブログで「オナ猿はクズだからオレに近寄るな」といったブログがあったのですが、誰か他の人を見下す時点で、自分も他の誰かから見下される可能性が出てくるんですね。
      「他人の言動や行動は、自分を映す鏡」とはよく言ったものだと思います。

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