あなたは禁欲してどこに向かおうとしているのか?~禁欲の果てに~

なんだか三流文学風のタイトルとなっているが・・

私はなぜ禁欲をしようと思ったのか、今となっては思い出そうと思ってもすぐに詳しく思い出せない。

オナ猿時代は女の子からものすごく嫌われていたし、しないことで物事が有意義に進められるからと思ったからだった。

やったって時間と体力のムダでロクなことはないと思ったのがきっかけだろうか。




 

禁欲とはどういうものか?

禁欲というものを続けて自分の身になってからもう数年。

私が禁欲について今更ながら思うことは、

 

  • 禁欲は自分を変える一つのツールに過ぎない
  • 禁欲すれば何もかも全てがうまくいくとは限らない
  • 禁欲してもオンリーワンな存在になれるわけではない
  • 禁欲しても願いが叶うとは限らない
  • 禁欲しても女の子にモテるわけではない

 

いずれも、自慰から完全に卒業してから気が付いたことばかり。

もし卒業していなかったら、こんなことすら気が付かず、一生終わりのないオナ禁道をずっと彷徨っていたことだろう。

オナ禁とリセット、やったりやらなかったりを繰り返し、「いつかは変われるはず」とか信じながら、オナ禁継続の日数をただ数える日々・・・

これほど虚しいことはない。

 

禁欲至上主義の否定

世の中のオナ禁サイトでは「オナ禁至上主義」が跋扈している。

オナ禁すればまるで世界征服ができるかのような、また人とは全く違った神のような存在になれるかのような、”聞こえの良い”言葉ばかりがオナ禁サイトに並んでいる。

 

だが、私はオナ禁至上主義の立場には反対したい。

もちろん、オナ禁するに越したことはないが、オナ禁をしたところで、自分の中の何かが抜本的に変わるわけでもない。

「オナ禁すれば不思議な力が手に入る」といったオカルト的なものも存在しない。

オナ禁しただけで簡単に神になれるのなら誰だってオナ禁するさ・・

何も欲望は性欲だけではない。

食欲や睡眠欲や物欲もある。

オナ禁しようがしまいが、自分は自分だ。

 

なぜオナ禁をするのか?

オナ禁によって、時間が有効活用できる

これはオナ禁の大きなメリットだ。

何も生み出さない非生産的な行動をやめたのだから、時間ができて当たり前、

もしこの空いた時間を別の何かに全て注ぎ込むことができれば、自分が変われる要素はある。

 

ただもしこれができるのならば、仮に禁欲をしていなくても変われるだろう。

世の中の天才鬼才は、色が大好きなオナニストだという噂もある。

オナ禁のオカルト的な考え方に依存している限り、自分が変わることはない。

オナ禁しなくたって成功している人はいくらでもいるのだから。

 

 

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