ブログ論 ブログの執筆から得られているもの

今回の記事は主にブロガー向けということになるのだろう。

このブログは2015年11月に開設したので、この記事の執筆現在(2018年4月)でだいたい2年半という期間継続している。

簡単にネタ切れを起こしそうなこのニッチな分野で、よくまあここまでもっているもんだ(自画自賛)




 

ブログの執筆から得られているもの

最近の私は、気が向いたときにこのブログを書いている。

このブログから得られる収入は本業と比べると少ないし、今後このブログからの収入が大幅に増えることも見込めないだろう。

 

だが、私はそれでもこのブログの執筆をやめるつもりはない。

それはなんでかというと、このブログを書くことによって得られている「継続力」や「意思力」の恩恵が計り知れないからだ。

「継続力」と「意思力」というものは、そうそう簡単には身につかない。

何かに挫折したことのある人にとっては、このことがよーくわかるはず。

習慣とは、基本的に続かないものなのだ。

始めた当初はどんなに威勢が良くても、時間が経つにつれてだんだんと慣れてきて、最終的に飽きてしまう。

だが私はこのブログを続けているおかげで、本業の調子がウナギ登りとなっている。

その一番のキーポイントとなっているのが、「英語の学習習慣」である。

英語の部強をほぼ毎日欠かすことはない。

英語の勉強を欠かさずにできているのは、このブログの執筆と完全に連動している。

 

英語に関連する仕事は、単価がとても高い。

その理由は、他にできる人が比較的少ないからだ。

英語の勉強を始めたのは禁欲の開始と同じ頃だが、英語を勉強して本当に良かったと思う。

”禁欲は、何か別のことを続ける土台となる”

私はこのブログにてこのことを常に主張しているが、これをそっくりそのまま実践できている。

その恩恵が、単価の高い仕事。

 

勉強をしないのは損

誰にでもたいして勉強しなくてもできる単純な仕事というのは、誰にでもできる半面、必然的に単価が低くなる。

「コンビニ店員」というのが単純仕事の例としてやり玉にあがることが多いが、これは日本語が話せて、手順さえ覚えれば、あとはルーティン業務。

(個人的には、コンビニの店員はやること多いし覚えること多くて大変だと思う。私も高校生のころやったことがあるが、当時は時給650円だった)

 

勉強を続けているだけで、その他大多数と差が付いて、その他大多数ができないことができる。

その結果として、お金が集まる。

勉強はお金を稼ぐことに直接つながるのだ。

 

私は英語の勉強を継続しているおかげで、仕事には困っていない。

このことは学校では絶対に教えてくれないことだろう(少なくとも私の時は教えてくれなかった)

 

ただ、お金を稼げるようになるまでには、比較的長い期間、勉強をし続けなければならない。

もし途中でやめたらそこで終わり。

だから「継続力」や「意思力」が大切になる。

「いかにして途中で飽きずに続けることができるかどうか」

ブログ執筆からはこのことを教えてくれた。

 




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