物事を継続させるコツ:ゲーム感覚で楽しむ

“自分で握って上下に動かす”または”うつ伏せになって下半身を床に押し付ける”等という行為をしなくなって数年。

今、そんな猿時代を思い返して感じることは

「昔の自分は何であんな非生産的なことにあれほどハマっていたんだ」

という虚しさ。そして、

「もしあんなことやっていなければ、もっと楽しい人生が送れてたかも」

という後悔の念がある。

だけど過ぎたこと(過去)は変えられないので、今を変えることで未来を変えるしかない。




 

ゲームと自慰の類似性

では、どうやって今を変えればいいのか・・。

ここで話は少し変わるが、こんなこと言うとゲーム業界からクレームが来そうだけどゲーム自体を完全否定するものではないことをあらかじめ述べておこう。

ゲームに関する私の体験談なので、きっちり記そうと思う。

私は子供のころからだいたい25歳くらいまで、TVゲームをするのが大好きだった。

ゲームにハマって徹夜することもざら。

特にドラクエなどのRPGには目がなく、新作が出るたび発売日に買っていた。

自分が操作するゲームの中のキャラクターが強くなるにつれて、自分も一緒に強くなったような気がしていた。

 

ところが20半ばを超えた頃から、途端にゲームをしなくなっていった。

ゲームの中の自分(主人公)は世界を救い人々から拍手喝采のヒーローになっているというのに、そんな主人公を手間ヒマかけて育てた現実の自分はというと、道行く知らない女の子達から「キモイ!」と聞こえるように言われていた嫌われ者。。

 

–「しょせん、ゲームの中の世界は現実ではない仮想の世界」–

 

こう気づいたら、ゲームをするのが途端に虚しくなった。

ゲームの中のキャラをいくら強くしたところで、現実の自分も一緒に強くなることはない。

それどころか、ゲームをすればするほど、現実の自分は落ちぶれていく。

画面の見過ぎで猫背で姿勢が悪くなり視力が悪くなり、ゲームばかりしていて食生活が偏るので髪は抜け脂肪が付き、じっと動かないので太る・・

つまりゲームばかりしても有益な何かを何も生み出さない、非生産的な行動。

極めつけに、ゲームばかりしていると貴重な時間を浪費する。

これってもしかして・・・ゲームにハマる弊害は自慰の弊害と一緒なんじゃあ・・・

 

物事(=人生)をゲーム感覚で楽しむ

ゲームの虚しさに気が付いた私は「ゲームは非現実感を味わうための気休めにやるもの」であって、ゲームをすることが日常生活のメインになってはいけないと思うようになった。

繰り返しになるが、やっきになってゲーム内のキャラをいくら強くしても、現実の自分も一緒に強くなるということはない。

 

それでも、ゲームとは面白いモノだと思う。私も含め、あれだけハマる人がいるのだから。

でもゲームばかりしていては、人生がダメになってしまう。

 

そこで!発想の転換。

 

今の私は、子供のころにハマった”ゲーム感覚”で英語学習をしたりランニングや筋トレしたりを文字通り”楽しむ”ようにした。

たとえば、私が知らない外国に行くのがこの上なく楽しく感じるというのも、子供のころにハマったRPGと同じ感覚で、未開の土地に行き敵を倒す快感に似ているのかもしれない(もちろん外国で敵と戦うわけではないが)

そして知らない世界をこの目で見てきて、自分の視野が広がって、自分の経験値が上がり、自分がレベルアップする。

こう考えると、人生はゲームと同じだ。

ただし、人生にはゲームのようにリセットボタンはなく1回こっきりのやり直しのきかない超絶スリリングなゲーム。

死んだら終わりで生き返らない。ザ○リクの魔法もきかない。

だからこそ、無駄にすることなく有意義に生きなければ。

 

こんな私の考えを代弁してくれている書籍があって、少々懐かしい本だが、元エニックス社員JUNZOさんの「人生ドラクエ化マニュアル」。

過去にドラクエが大好きで、かつ自己啓発マニアな私は、本屋でこの本を見てほぼ中を見ずに買った。

ここまで人生をドラクエのようにできたとしたら、人生は楽しいだろうな~と思う。
 

 




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