稀代の艶福家は精を溜めることをどう見たか?

【艶福家】:えん ぷくか
多くの女性にもてる男。(weblio辞書より引用)

稀代の艶福家とは、昨今ワイドショーを賑わせている「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助氏のことである。

野崎氏は「美女とエッチ」のためだけに働き、努力を重ねて大金持ちになった。

 

 




 

「サルのオナニー」

 

紀州のドン・ファン 野望編

野崎氏は、この本を世の中に送り出した約1か月後、この世から去ってしまった。

私はニュースで氏の訃報を聞いた後、この続編(野望編)の存在を知り、すぐに本屋に行き本を買った。

 

その内容は、前作の「紀州のドン・ファン」よりも、より女遍歴に寄った内容となっている。

この本の中で、野崎氏が自慰行為とオナ禁についても触れている。

その章のタイトルは、ズバリ、

「サルのオナニー」

 

この本によると、野崎氏は、

「オナニーのし過ぎはオナニーを止められない猿になっていずれ死んでしまう」

と言いながらも、精を溜めることにはどうやら否定的なようだった。

 

「50歳くらいまでは(オナ禁で)溜めておかないといざ決戦の時に使い物にならなくなると思っていたが、それは違う」と断言している。

 

つまり、

「精を溜めすぎると逆に若さを失うことになる」

というのが氏の主張だ。

 

精を溜めすぎるとよくないのか?

精を溜めすぎると若さを失う・・・

これが本当なのかどうかは、野崎氏の享年の半分の時間も生きていない若造でひよっこの私にはまだわからない。

だが、多いときは1日3回エッチして出しまくっていた氏が言うのだから、とても説得力がある言葉だ。

 

私は自慰で精を出すことはもはや無くなったが、性行為で精を出すことにはそれほど否定的ではない。

私にはほとんど機会がないものの、「美女とのエッチ」で最後まで行くと、この世のものとも思えない深い満足感が得られる。

(「美女とのエッチ」という表現は野崎氏の本の中で何度も出てくる言葉であり、氏へのリスペクトも込めてこう書かせていただいた)

 

私個人の意見としては、「精を溜めすぎてはよくない」という野崎氏の意見には同意しづらい。

私は自慰をきっぱりとやめたことで、女の子からキモいと言われることがなくなったからだ。

「精の溜めすぎはよくない」と言っても、だからと言って「自慰で出しまくっていい」ということにはならない。

結局のところは、程度の問題なのだろう。

 

私は野崎氏がここで言いたかったことは、

いくら歳をとっても女に興味をなくすな

ということだと解釈している。

精を溜めすぎて女(つまりエロ)に興味をなくして老けてしまうよりも、エロエロ全開で生きて男としてギラギラしていたほうが若々しくなれる”と、きっとこういうことなのだろう。

 

「美女とのエッチ」を目標に日々精進する野崎氏の生き様には、心から敬意を表したいと思う。

男の性欲は男を突き動かす原動力”とはよく言ったものだと思う。

 

私はこの本を買った後にのめり込んでしまい、一気に読了した。

本を読んだことで、天国の氏も喜んでくれているものだと信じている。

(ちなみにこの本は前作と違ってエロ描写が多いので注意)

 




 

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