「他人に厳しく自分に甘い人にならない」~ブログ執筆から得られるもの~

私は社会人1年目の時、直属の上司からこのように言われたことがある。

上司「いいか、靴は値段が高くて良いものを履け。でないと取引先から足元見られるぞ。」

と。

これは、靴なんたら流通センターで2980円で買えるような安物の革靴を履いていると、文字通り”足元を見られる”(=なめられる)と、上司はこう言いたかったのだろう。

ところが、私にこう助言してくれた上司の靴をよーく見てみると、その時に上司が履いていた靴は踵が限界まですり減っていてボロボロだった。




 

人は自分のことが見えない

上司の靴を見て、私の頭の中には「??」(はてなマーク)が浮かんだのは言うまでもない。

思えば、その時の上司は、部下にカッコイイことを言いたい、良い恰好をしたいと、こう思っていたに違いない。

ところが、カッコいいことを言う自分はそのことができていないという、何ともお粗末な結果に。

他の誰かに良い靴を履けと助言するからには、自分が良い靴を履いていないと説得力が無い。

まるでギャグのような話だが、その時の上司は真顔だった。

 

私はこの上司の体を張ったギャグ(?)のおかげで、ボーナスが出るたびにその大半をはたいて「超」が付くほどの高級靴に投資するようになった。

その靴を履いていると、仕事で会う方々から「とても良い靴を履いていますね」と言われることが多くなった。

なんだか皮肉なものだ。

 

このことから、私は学んだ。

人は元来、「他人には厳しいけど、自分には甘い」生き物だと。

 

社会人1年目から時は流れ、私もいくつかスタッフを抱える身に。

時には、スタッフに厳しいことを言わなければならないときもある。

私は当時の上司から靴の助言を受けたおかげで、誰かに何か助言するとき、ふと自分を振り返るクセが付いた。

 

「By the way,(そういえば)、 これから自分が言おうとしていることは自分はきちんとできているのだろうか?」と。

 

それで、自分はできていると判断すれば言うし、自分ができていないと判断すればグッと堪えて言わない。

それでもたまに、自分ができていないことを言ってしまうことがある。

このことはたいてい、言ってしまった後に気が付く。

そして、スタッフが怪訝な顔をする。

私はきっと自分に厳しくなり切れていないのだろう。

 

ブログの執筆から得られるもの

私はこのブログで自慰しないことの有用性やその方法論・考え方、そのほか自己改善や自己啓発的なことまで述べているが、

ブログを書くことは自分に戒めるためにとても役立っている。

自慰の有害性を説いておきながら自分がオナ猿だったとしたら、その発言には説得力の欠片もない。

これはまさに「医者の不養生

患者に健康的な生活を勧めるクセに、医者は自身の健康には気を付けていないという。

タバコを吸う医者のようなものか。

高尚にオナ禁を説くオナ猿的ブロガーになってしまっては、そのブログに価値なんてないのだ。

 

私は「他人にはなるべく優しく、自分には厳しく」生きたいと思う。

それでも、しんどい時や機嫌が悪いときは、自分に甘く他人に厳しくなってしまう。

もしかしたら、これは永遠に続く戦いなのかもしれない。