良い習慣を継続させるコツ2つ(経験談込み)

私にとっての「3大」継続中の良い習慣は、英語の学習ランニング、そして筋トレ(このブログは不定期の更新なので除外した)。

これらが継続している期間は、いずれも数年間。

スポーツジムを契約して本格的な筋トレを始めてからは、今で7カ月間くらい。

手前味噌になるが、「良い習慣を挫折することなく続けることができている」と言っていいと思っている。

 

 




 

人間の行動は無意識の習慣でできている

人間の行動のほとんどは、習慣。

朝起きて顔を洗い歯を磨くのも習慣。

仕事が一区切りして一服したいと思った時にタバコを吸いに席を立つのも習慣。

良い習慣も悪い習慣も、ほとんど何も考えず無意識に実施している。

 

だからこそ、良い習慣はなるべく多く身に着けて、悪い習慣はやらないようにするのがよい。

だけど、これほど「言うは易く、行うは難し」なことはないかもしれない。

 

何か新しいことを始めても、たいていの物事はどこかで挫折してしまうことが多い。

この記事の冒頭で上から目線でエラそうに言っている私も、いま続いているこの3つの習慣よりも、途中で投げ出してやめてしまった習慣のほうが遥かに多い。

やめてしまった物事のほうが10倍くらい数が多いのではないか。

 

習慣にしようと何か新しいことを始めた時は、

「よし、これで自分が変われる!」

と思っていたものだが、ふと気が付けば、いつの間にかやらなくなっている。

あの時の決意はいったいどこへやら。

 

最近はというと諦めの境地に入ってきていて、何か新しいことを始めようと思い立ったとしても、

「どうせまた続かないだろうな・・」

とか思ってしまっている。

もちろん続くかどうかなんてやらなきゃ絶対にわからないのだけども、今までの挫折した物事の数の多さから、やらなくてもある程度挫折することがわかっている自分に気が付く。

とても悲しいことだ。

 

ではなぜ冒頭の3つの習慣は続いているのか?

「続く習慣」と「続かない習慣」の違いを考えてみたい。

 

良い習慣継続のコツ1つ目:「明確な」目標を持つ

「曖昧な」目標ではない、「明確な」目標だ。

この”明確な”が大きなポイント。

断言すると、目標に明確性がないと、物事は絶対に続かない。

 

「これができれば何となくカッコイイ!」

とか、

「今までの自分とは違う自分になれる!」

とかいった”曖昧な”目標だと、途中で飽きて挫折してしまうのは火を見るよりも明らか。

 

その物事をやり続けることによって、「具体的に何を成し遂げたいのか」が、物事を続けるうえで最も重要といえる。

 

私は英語の勉強こそ続いているが、その他の言語(ドイツ語、中国語、韓国語、フランス語、アラビア語、スペイン語:(学習順))は、ことごとく継続に失敗してきた。

「マルチリンガルになりたい!」と思ってここ10年間くらいでいろんな言語に手を出したが、どれも途中で挫折してきた。

 

「どうしてもその国で○○がしたい。その国が好きなのでその国の人とコミュニケーションを取りたい。

→ そのためには、その国の言葉ができなければならない」

 

この前半部分、「どうしてもその国で○○がしたい」「その国が好きなのでその国の人とコミュニケーションを取りたい」が、明確な目標だ。

 

当時の私の目標、「マルチリンガルになりたい」

・・なんてものは、あまりにも曖昧過ぎて明確でも何でもない。

多言語が話せればカッコいいことに間違いはないのだが、その道のりは果てしなく険しい。

だいたい、誰でも簡単にマルチリンガルになれたら、ありふれていて別にかっこよくもなんともない。

それに、言語そのものは、話す相手がいなければどれも無味乾燥なもの。

言語学習を面白くするためには、

「スペイン語ができないと、日本でたまたま知り合った来日1週間の日本語カタコトの超絶外人美女とコミュニケーションがまったく取れない」くらいじゃないと、、

続けるためにはこういった「明確な目的」が必要不可欠だ。

 

ちなみに、私が英語の学習、ランニング、筋トレが続く”明確な”目的は、

「若くて可愛い女の子にモテたいから(外国人含む)」

である。

単に、英語が話せず脂肪だらけのブクブク太った中年オヤジには、なりたくない。

だってモテないから。

 

良い習慣継続のコツ2つ目:やらないと気持ち悪くなるまで続ける

で、運よく「明確な目標」が見つかったとして、次はこれ。

やらないと気持ち悪くなるくらいまで続ける

 

私は週3回配信されるNHK実践ビジネス英語でディクテーション(書き取り)を朝出勤前にしているが、今はこれをしないと気持ちが悪くなってくる。

たまたま朝が忙しくてディクテーションをしない日があると、

「あれ?今日はディテーションやる日じゃん、まだやってない。なんかむずむずして気持ち悪い、早く書き取りやりたい。。」

という気持ちになる。

買ったテキストはすでに3周目。

1年に1周だから、もうかれこれ2年間以上もこの習慣をやってることになる。

つまり、ディクテーションの習慣が普段の生活に染み付いてしまった。

これは、ランニングや筋トレでもまったく同じことで、仕事が重なりジムに行かない日が続くと、ブランク1週間を超えたあたりで気持ち悪くなってくる。

ジムの場合は、ほぼ独学の英語よりも会費が多くかかるから、そのムズムズな気持ちはなおさら強くなる。

(ちなみに「禁欲を続けないと気持ち悪くなってくる」という感覚はない。これは悪しき習慣をやめることにはこの気持ちは当てはまらないらしい。禁欲は、タバコと同じで、やらないことが当たり前となっている)

 

で、「やらないと気持ち悪くなる」までの期間だが、私の感覚では半年間(183日)だと思う。

それは、ジムの期間がいま7カ月。

半年を超えたあたりで、ジム通いに抵抗がなくなった。

半年間何かを続けることができれば、きっとやらないことが逆に気持ち悪くなってくることだろう。

 

最近、本ブラ(本屋ブラブラの略)で習慣に関する本を見つけて、少し立ち読みしてたら面白くてそのまま止まらなくなったので買った。

この本に書かれている「マシュマロテスト」は有名な「スタンフォード大学」に書かれているものそのままだが、全体的に筆者の体験談がふんだんに盛り込まれている。

この本から、「なぜ習慣になるのか」、逆に「なぜ習慣にできないのか」についてのヒントが得られるだろう。

(この本のタイトル「僕たちは習慣でできている」というフレーズは、この記事内で少し拝借させていただいた)