物事が継続できないとき(挫折するとき)とその処方箋

ネガティブなタイトルではあるが、自分への戒めも兼ね、インパクトが残るタイトルにした。

「続けたら良いことがあるのはわかってる、だけど続けられない」

こう思うのは人間の共通の悩みだと思うし、私もそのうちの一人。

なぜヒトは継続できないのか、その理由を考えてみたい。

 

 




 

物事が続かない時(=挫折する時)とは、たいてい次のようなことが起きた時だと思っている。

  1. ものすごくイヤなことがあった
  2. いつもは起きないような事が起きた
  3. 単純に飽きた

 

1.ものすごくイヤなことがあった

これを見て「ドキッ」とした人、多いのでは?

まあそう言う私もそうなんだけど・・

イヤなことが起きると、そのストレスから、楽(=ラク、楽しいこと)がしたくなる。

たとえば、仕事でミスをして上司にこっぴどくドヤされて、イライラしてお酒を飲まずにはいられなくなったり、普段は一切吸わないタバコを吸いたくなったり・・

そのラクを求める気持ちによって、何か良い物事を継続することの効果なんてすっかり忘れてしまい、何もかもがどうでもよくなって挫折地獄へ。。

 

イヤなことというのは、物事の継続からは天敵なのだ。

そして残念なことに、生きている限り、イヤなことは起きる。必ず。

 

2.いつもは起きないようなことが起きた

もし節制生活を続けていたとしても、どこかのタイミングで急に”いつもは起きないようなこと”、つまり、「例外的な事項」に出くわすことがある。

禁欲の例でいえば、女大好きな同僚と飲みに行って、その帰りに酔ったノリで風○に誘われたり、

あまり好みではない女性(もし欲に負けて一晩過ごしたら後悔するのが予めわかっているような)から突然言い寄られたり・・。

 

こんなことが起きた時、

「ええーい!ストレス溜まってるしやっちゃえ!後のことは知らん!」

 

・・・これが例外的事項。

いや、欲の耐性のなさから来る、自分に対する甘え。

私の経験では、こういった「例外的な事項」というものは、必ずどこかで起きる。

 

3.単純に飽きた

物事が続かない理由の極めつけが、これ。

「単純に飽きた。」

 

人間というもの、「単純作業の繰り返し」というものには極めて弱い。

たとえそれが自己改善に役に立っているとわかっていたとしても、同じことをずっと繰り返しているとどこかで飽きる時が来るのだ。

 

”飽きた”ということを違う角度で見ると、

「何のためにやっているのかがわからなくなった」

とも言える。

 

これを英語に当てはめると、英語の勉強に挫折する人は世の中数知れずだと思うが、これは、

「日本では普段まず使うことのない英語をなんで勉強しているのかがわからなくなる」

というもの。

”いまは国際化社会、英語は必要だ”

という世の中のスローガンのもとで英語を勉強したところで、どこかで飽きるのは目に見えている。

 

物事を続けるための処方箋

じゃあ、どうすれば物事を続けられるのか?

これをひとことで言うのはとても難しい。

だって継続しているように見える私だって、物事を続けるのにとても苦労している。

前述の通り、生きている限りイヤなことは起きるし、例外的な事項は避けられないし、同じことを繰り返していたら飽きる。

 

だから、処方箋としては、

  • イヤなことは必ず起きるものだと割り切る
  • 例外的事項にうまく対応する
  • 飽きないように変化をつける

 

大雑把だけど、こういったことに気を付けて物事を続けていくしかないのだろう。

 

下記の本は私のバイブルであり、このブログでは何度も紹介しているけど、必要最低限のことが書かれているので改めて紹介したい。

この本に限らず、この手の本は本屋に行けば山ほどある。

手を変え品を変え似たような趣旨の本が出続けるということは、ヒトがいかに「良い習慣を続けることが難しいか」ということをよく表していると思う。