「習チャレ」シリーズより 習慣化の初期段階のコツ(経験談)

私の第二外国語の学習は、現在のところ25日間(この記事執筆時点)、継続している。

私はこれを「習慣化チャレンジ」と呼んでいる(こちらの記事参照)

「第二外国語という日本の生活ではまったく必要のないものの勉強を果たして習慣化できるか?」

というチャレンジだ。

25日間続いていることから、「習慣化の初期段階」といえるだろう。

これまでのところ、1日も勉強を欠かしていない。

昔の若かりし頃にチャレンジした他の第二外国語と同じく、すぐに飽きるかと思っいていた。

たけど、とても意外なことに、まだ続いている。

自分でもびっくりしている。

なんで日常生活には全く役に立たないことなのに、3週間以上も続けられているのか?

その理由を考察してみたい。

 




 

習慣化の初期段階にやるべきこと

いきなりだけど、私が25日間、第二外国語の勉強が継続している理由について、まとめようと思う。

 

1.毎日やる
2.少量を同じ量だけやる
3.「今はどんなに楽しくてもいつかは飽きるもの」と割り切る

 

それぞれ解説しよう。

 

1.毎日やる

習慣化の最初は、「毎日やる」、これに尽きる。

もし、「毎日なんて忙しくて時間なくてできないよ」と言ってたとしたら、ゼッタイに物事を続けることはできないと断言できる。

忙しさを言い訳にすることは、習慣化をする気がないのとまったく同じことだからだ。

毎日やることによって、脳に、「これを毎日やることが日常生活だ」と思いこませないといけない。

 

 

2.少量を同じ量だけやる

だからと言って、やはり、毎日やるのは辛い。

友達とも遊びたいし、マンガも読みたい。

よくわかる。私もそうだ。

最初は高揚感から続けられても、3日もすれば飽きている。

「3日坊主」というやつだ。

 

だから、3日で挫折しないように、工夫する必要がある。

毎日を飛ばしてもならないし、かつ、量をやりすぎてもいけない。

1.で述べた毎日やることのほかに、「少量」を「同じ量」やるのだ。

 

人間はバイオリズムがあるから、調子の良いときというのは、いつまでも物事をできたりする。

そんな時は、つい多くの量をやりがち。

だけど習慣化したいならば、これはやってはいけない。

なぜなら調子悪いときが来たとき、

「あの時に多めにやったから、今日はやらなくてもいいか」となる。

これを繰り返すと、いつの間にかやらなくなっているだろう。

 

習慣化とは短距離走ではなくマラソンであり、少しでも長く継続することが必要となる。

いかに長く走り続けることができるか。

 

「今日はちょっと物足りないな~まだまだやれそう。ここで止めたらもったいない。」

もしこう思ったとしても、習慣化したいと思うならばきっぱりといつもと同じ量、一定量で止める必要がある。

そのまだまだできるという”物足りなさ”が、「明日もまたやろう」という活力を生むのだ。

 

思えば、このブログも毎日ではないものの、週に1度くらいはイーブンに書き続けている。

ジムに行くのは週に2回ほど(月に8回行くことが目標)、行った時は集中的にやって1時間以上はいない。

ランニングは5~6キロといつも決まった距離。走らなさすぎたり走らなさすぎたりもない。

英語のディクテーションはラジオが配信される水木金は必ずやり、あとは普段の仕事で使うから音声を聴くだけ。

よくよく振り返ってみたら、いずれの習慣もイーブン化ができている。

 

3.「今はどんなに楽しくてもいつかは飽きるもの」と割り切る

初期段階の究極は、これ。

私は今のところ、割と楽しんで第二外国語を勉強している感がある。

だけど、どんなに楽しいことでも、同じことを繰り返していたらいつかは飽きるもの。

「美女は3日で飽きる」とはよく言われるコトバだ(違うか・・)

 

生きていたら、第二外国語の勉強よりももっと楽しいと思えることが必ず出てくるのだ。

だから、どんなに楽しく感じても、「いつかは飽きる時がやって来る」と、前もって割り切って思っておけばいい。

逆にこのように思えているからこそ、ズルズルと長く飽きもせず勉強を続けられているのかもしれない。
 
25日間という初期段階は、「いかに飽きないようにするか」がポイントとなる。

だから、毎日少しだけ一定の量、そしていつかは飽きると、そう思いながらやっていれば、意外と続くということがわかった。

このシリーズ「習慣化チャレンジ」、次は40~50日くらい継続した時に更新する予定である。