差別化戦略の大切さ ~自分の身は自分で守る~

この世の中は無情。

周りの人は誰も自分のことを”本当の意味で”助けてはくれない。

国もしかり。

いまいくら年金を払っても老後の資金は保証されないし、少子化対策を盛んに謳いながらもいまだに保育園は圧倒的に足りず保育士の給料も低いまま。

誰かに頼っても、報われることはない。

なので、最後は自分の身を自分で守るしかない。




 

自分の身を自分で守るためには

自分の身を自分で守るためには、まず、「他の大多数から抜け出す思考回路を持つこと」が必須だ。

 

そもそも、「他の大多数」のやっていることは、「今を楽しむ」ようなことが多い。

それは、飲酒や喫煙、スマホゲームに至るまで。

楽(=ラクで楽しいこと)に流されてしまうのは、退屈や苦痛から逃れたいと考える人間の本能だからだ。

趣向品そのものを否定する気はないが、楽しいからと趣向品に依存していては、ラクに流れる他の大多数と同じ行動になってしまう。

 

そしてそういった楽(ラク)に流れるまでの思考の典型的なものは、

「あの人がやっているから大丈夫。オレ(あたし)もやろう」

である。

 

だけどそうして”今を楽しんだ”結果、楽しんだ分だけ将来の自分にそっくりそのまま跳ね返ってくる。

もしも受験生が勉強もせずにゲームばかりしていたとしたら、大切な試験に落ちてしまうということは自明の理だ。

「学年トップのあいつも”いつもゲームやってる”って言ってたから大丈夫」

(そういった人はゲームをする時間以上に陰でものすごい努力をしていたりするし、その姿を他人には絶対に見せないから、なおさらタチが悪い)

 

他の大多数の普通で平凡な人生でいいのであれば、他の人と同じような行動をとってもいいと思う。

だけど少なくとも禁欲とかやるからには、他の大多数から抜け出したいと、こう思っているはず。

そもそも「モテたい」と思う時点で、他の人と差別化をしたいと考えることと同じ意味なのだ。

当たり障りのない平均的で平凡な人が、モテモテになるはずもない。

人の評価は、周りのレベルとの比較、つまり相対的なものだから。

 

他の人が簡単にできないことをずっと続ける

で、差別化を図るためには、他の人が簡単にはできないことをやるしかない。

そこで役に立つのが、継続力

「何か一つのことをずっと継続する」ということは、簡単そうに見えて、おそらく最も難しいことではないだろうか。

ブログにしても、筋トレにしても、勉強にしても、何にしても、ずっとやり続けられる人は少ない。

そしてやり続けられない人ほど、過去の栄光にすがる傾向にある。

  • 昔はブログの文章をみんなから褒められた(でも今はもうブログを書いてない)
  • 昔は筋トレして腹筋が割れていた(でも今はお腹がポッコリ出ている)
  • 昔は勉強で学年1番だった(でも今は勉強が苦手)

 

中年オヤジの大好きな、過去の自分の武勇伝。

どれも説得力はない。

 

私は勉強は大学で卒業だと思っていたけど、30歳を超えてから、勉強のありがたみがひしひしとわかるようになった。

それはなぜかというと、周りにいた30代がほとんど勉強していないと気がついたからだ。

TOEIC一つとっても、「英語を勉強するのがイヤだ」という理由で勉強しなかったりする。

TOEICの点数が良ければ臨時ボーナスがもらえたりするのに(もちろん転職にも有利だ)

だからこそ、私はもうかれこれ10年間近く、英語の勉強をやり続けている。

これは他者との差別化を図るための、一つの方法だ。

 

何を勉強するか、また勉強に限らず何を続けるのかについては自由だと思うけど、「他の人との差別化を図りたいからやる」と決めたことは、ずっとやり続ける必要がある。

もし途中でやめてしまっては、それこそ他の大多数と同じになるだけ。

私はこのブログもなんだかんだで数年間続けているけど、放置することのないようにしたいと思う。

自分の身は自分で守るしかないのだ。