「習チャレシリーズ」つまらなく感じても物事を続けられる背景

私の第二外国語の学習期間も、連続で50日を超えた。

毎日勉強しているものの、内容ははっきり言ってちんぷんかんぷん。

初見の文章は、何を言っているのか全くと言っていいほどわからない。

それでも、どんなに仕事で忙しくても、何か他の大事な用があっても、少しずつだが必ず「毎日」第二外国語の勉強をしている。

なぜこんな暗号を解読するような文章の学習をここまで続けられるのか。。




 

「習慣化の力」の本性

「習慣化の力」とは、物事を続ける継続力のこと。

この習慣化の力はものすごいもので、毎日同じことをやっていると、その行動が脳にインプットされる。

勉強期間50日を超えて感じた(気が付いた)ことといえば、仕事が忙しくて勉強する時間を取っていなかったりすると、

あれ?今日は勉強やらなくていいのか?いつも毎日やっていたのに・・もう終わりか?」

脳がささやいてくるということだ。

 

このように勉強をやっていないと脳がささやいてくるもんだから、仕方なしに(?)、家に帰ってのんびりしたいのを抑えて勉強本を開いたりする。

この脳のささやきこそが、まさに習慣化の力だろう。

 

ただしここで注意したいのは、この習慣化の力は良い習慣だけでなく、悪い習慣にも同じように働く。

たとえば、毎日決まった時間にタバコを吸う習慣があるとしたら、もし同じ時間に吸わなかった時にイライラしてくることだろう。

(ちなみに私はとっくの昔にタバコを吸わなくなったので、タバコを吸わなくてもイライラすることはない)

もちろん自分を慰める行為もこれと同じ。

このイライラが起きるのも、習慣化の力。

もちろん悪いほうの。

 

良い「習慣化の力」を身に着ける方法

極論を言えば、ルーティン化して良い習慣化の力を手に入れれば、続けられない物事はない。

ルーティン化をして脳のささやきを得るために、とにかく毎日やるのだ。

たとえば学校のサッカーの部活で毎日来る日も来る日も放課後にボールを追いかけるのは、ルーティン化してボールを追いかけることを当たり前の状態にするため。

もし毎日バリバリ活動しているサッカー部員が何かの理由で3日間ほど部活に参加しなかったとしたら、きっと気持ち悪くなっていることだろう。

 

実はこのブログに関しても、習慣化の力で文章を書いている。

これを書いてもアクセスが大幅に増えることはないし、むしろ過去の全盛期よりかは訪問者は減ってる。

それでも、私はブログの記事を書こうと思う気になっている。

なぜか?

それは「更新しないと気持ち悪いから」だ。

つまり私にとって、ブログの執筆と更新はすでに習慣化しているのだ。

そら2年半もブログ書いてればさすがに習慣化できるっすわ・・・

 

そして物事を続けるためには、続けることで何かしらの効果を感じることが重要となる。

私が今チャレンジしている第二外国語の学習でいえば、

「この単語は前にも出てきたっけ、何て意味だっけか・・」

と、こう思うことができれば、単語の意味は分からなくとも学習の効果が出ているといえる。

そして勉強すればするほど語彙力が増えてきて、その効果は加速度的に増えていくことだろう(残念ながら今の私はまだその境地には至っていないのだが)

ブログでいうならば、アクセス数や訪問者からの反応が効果に該当する。

たとえ訪問者が少なかろうが、拙い文章を読みに来てくれる人がいるからこそ、ブログの執筆を続けられる。

 

ただし・・・

「脳のささやき」や、上記の「継続の効果」を感じるまでは、まさにイバラの道

「続ける方法」から引用すると、暴風雨の中を歩くようなもの。

たいていは脳のささやきや継続の効果を感じる前に、やることが嫌になって途中で挫折してしまうのだ。

マンガ読んだりアニメ見たり友達と遊んだりするほうが、退屈な努力を続けることよりもずっと楽しいしな~

だから習慣化は本当に難しい。

イバラの道や暴風雨を歩いていることを肌身にひしひしと感じながら、それでも「毎日」続けることでしか、習慣化の力を手に入れる方法はない。

 

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