ブラック企業からの脱出体験談

「働き方改革」が世間で叫ばれてから、もう早3年くらい?

私は「働き方改革」が叫ばれるよりも前に、いわゆる”ブラック企業”と呼ばれる会社に在籍していたことがあった。

今回は私がブラック企業に在籍していた時の経験について述べたいと思う(あまり思い出したくはないことではあるが・・)




 

「ブラック企業」の特徴

ブラック企業の定義はいろいろあるが、当時の私が務めていた企業には次のような特徴があった。

  • 仕事量が半端ない(1日くらい徹夜しても終わる量ではない)
  • 仕事が業務時間内に終わらないのはお前の能力が足りないからだと言われる
  • 残業代が一切もらえない(「残業代は給料の中にみなし残業として含まれている」と経営者は主張する)
  • 経営者は従業員を人ではなく奴隷のように扱う
  • 仕事上でミスをすると他の従業員の前で叱責される
  • 当然、土日休みもない

 

これは一般的なブラック企業の定義と共通している点が多いと思う。

私の場合は殴られたり蹴られたり等の身体的な暴力がなかっただけ、まだマシだったかもしれない。

 

「なぜそんな会社さっさと辞めないんだ?俺ならとっくに辞めている」

と、こう思う人、特にホワイト企業に勤めている人はこう思うことだろう。

だがそれが簡単にできれば誰も苦労はしないし、辞める人が大量にいればブラック企業はこの世からなくなっている。

だがなくなっていない。

 

その理由は、「洗脳」

ブラック企業の経営者は洗脳のプロ中のプロだ。詐欺師と言ってもいい。

言葉巧みに従業員の心理を操り、時には”飴”も与えることで、会社をすぐに辞めないよう仕向けている。

 

「ブラック企業」からの脱出体験談

このブラック企業に勤めながら、私は徐々に洗脳されていった。

だが、転機が訪れる。

経営者の二枚舌に気が付いた瞬間があった。

詳しくは書けないが、ある人にはAと言ったことを、違う人にはBと言っていた。

つまり、自分の都合の良いように人によって言葉を使い分けていたのだった。

 

「この人はウソつきだ。付いていくに値しない人だ。」

私は洗脳から完全に目が覚めた。

 

自分の幸せのために働こうと決意した私は、経営者に退職を告げた。

そうするといつもは穏やかな(風に見せている)経営者の態度が、この時は豹変した。

私は経営者から罵倒の嵐を受けた。(ちなみにこの会話は内緒で録音した)

この時、私は憤りながらも、自分の考えが間違いではなかったことを確信した。

「私はここにいてはいけない。こんな低俗で下劣な言葉を使うような人を儲けさせるために自分の一度しかない人生を犠牲にしてはいけない」と。

 

ブラック企業とwin-win(win-lose)

ちょっと堅い話になるが、仕事でも友人でも恋人でもなんでも、両者の関係は「win-win」でないとその関係は長く続かない。

「win-lose」の関係は、いつか必ず破綻する。

当時の会社と私の関係は、完全にwin-loseの関係だった。

win(勝ち)が会社で、lose(負け)が自分

そしてそwin-loseの関係に、会社が気づいていないというのが特徴だ。

win-winだと思っている。

 

当時の会社はこう思っていたはずだ。

  • お前に貴重な仕事の経験をさせてやっているのだ
  • お前に働き場所を提供してやっているのだ
  • お前に給料と社保を払ってやっているのだ

 

言うまでもないが、このような傲慢な考えの経営者に付いていきたいと思う従業員はいない。

まとめ:ブラック企業と「働き方改革」

現在では「働き方改革」の風潮があるため、私のブラック企業在籍当時に比べて、仕事を変えやすくなっているのではないだろうか。

この「働き方改革」の流れを作ったのは、過労自殺した電通の高橋まつりさんだと私は認識している。

 

働くために生きるのではなく、生きるために働く。

 

働くことが人生の全てになったら、そして今目の前にあるブラック企業の業務しか見えなくなったら、人生は終わり。

死んだら負け。

死ぬくらいなら、今すぐ会社を辞めて貯金全てを使って(貯金がなければ借りて)、難関資格の取得に一発逆転を狙ったほうがいい。

または親族や社外の友人など誰かに助けを求めてもいい。

フリーターになってもいい。

とにかく、死んだら負け。

そんな経営者はあなたの葬式にも来ない。

残された家族が苦悩を抱えるだけ。

 

私の場合、100万円くらい使ったところで、次の就職先が見つかった。

ブラック企業を辞めてから、約2か月後のことだった。

その就職先はブラック企業時よりも遥かに待遇が良く、おまけに定時に帰れる。

精神的にもストレスもなくはないが、ブラック企業在籍時の比ではない。無職時に使用した100万円もすぐ挽回できた。

その間は辛かったが、今となっては笑っている。

生きていてよかったと本当に思う。